好き、禁止。
先輩、と呼ばれたので後輩なのだろうけれど、私には彼に見覚えがなかった。
「そうだけど……」
「俺、二回生の加藤俊(かとう しゅん)です。佐野先輩とは学部が同じで、よく会うんですけど」
「あ、そうなんだ」
そう言われても、加藤くんとは話した記憶がない。よく会うといってもきっと、すれ違う程度なのだろう。
「急にこんなこと言われても困ると思うんですけど。でも、佐野さん今年で卒業だし、大学に来る回数も減るだろうし、どうしても言っておきたくて」
確かに、もう残す単位は少しだ。
来ても週に3回程で、しかも昼までに帰ることが多くなってきていた。
入学してから真面目に講義に出ていてよかったなと、こういう時に思う。
「なにを?」
そう尋ねると、加藤くんはあからさまに緊張した顔をした。
誰かに好意を持たれたことが初めてではなかった私は、もしかして、と気付き始める。
「……俺、佐野さんのことずっと好きでした。いつも目で追ってて、話しかけようとしてもなかなか勇気が出なくて、関わるきっかけを作れなかった」
静かに彼の話を聞いていた。
握り込まれた手が彼の心中を表しているようで、苦しくなった。
今まで話したこともない。「好きでした」と過去形で言った加藤くんは、私に振られるとわかっていて気持ちを打ち明けてくれているのだろう。
「自分の気持ちにケリをつけるためにどうしても、迷惑だってわかってても、どうしても言いたかったんです。……すいません」
そう言って加藤くんは、俯いてしまった。
今どんな気持ちで話しかけてくれたのか。それは私には完全にはわからないけれど、からかわれているわけじゃないのだけはわかる。