好き、禁止。
午後9時を過ぎたところで、バックルームで事務作業をしていた店長がカウンターへ顔を出した。
「神月くん、今日はもう上がっていいよ」
「あ、もうこんな時間なんですね」
店内の時計を見上げて、神月くんは驚いた顔をした。
そういえば今日は神月くんの出勤は9時までだった。誰かに何かを教えながら働くと、やけに時間が過ぎるのを早く感じる気がする。
「佐野さん色々ありがとうね。とりあえず最初の1、2週間は神月くんは短めのシフトにしてるから」
「わかりました。お疲れ様、神月くん」
「お疲れ様でした。またお願いします!」
最後まで爽やかに、神月くんはバックルームへと下がっていった。
今から11時に夜勤のバイトの子が来るまで私と店長の2人で接客しなくてはいけないので、店長はもうバックルームには戻らない。この時間帯はもう混むことはないのだけれど、いつもそうしてくれている。
ふいに、隣に立った店長が声をひそめて尋ねてくる。
「どうだった?頑張ってた?」
「はい。仕事の覚えもいいですし、ハキハキ喋りますし、すぐに一人前になってくれそうです」
「そっかー。イケメンだし神月くん目当ての客も増えそうだよなあ。なるべく長く働いて欲しいんだけど……」
「……?」
店長の言葉の意味を図りかねていると、私服に着替え終わったらしい神月くんがバックルームから出て来た。
「お先に失礼します」
「お疲れ~」
「お疲れ様です」
自動ドアが開いて神月くんが出て行ったのを見届けて、店長が再び口を開く。
「神月くん、今年大学4回生なんだよ。だから長くても1年しか働けないんだって」
「え、そうなんですか?」
「3回生の冬にもう内定出たから就活終わったみたいで、就職するまでの間だけバイトしようと思ったらしいよ」
珍しいな、と思った。
最初から1年経ったら辞めてしまうとわかっている人を、いつもは店長はなかなか雇わないからだ。