好き、禁止。

神月くんと話せないまま9時になった。

「じゃああとはよろしくね」

「お、お疲れ様です……」

店長が帰って行った。
バレないように神月くんの横顔を盗み見ると、いつも通りの整った顔。

ちゃんと言わないと。
せめて、お礼は。

「こ、神月くん」

「! なんですか?」

「あの、この前は、色々ありがとう。……助かりました」

神月くんが私を見ていると思うと、顔を見ることが出来ない。
不自然に俯いたままの私は、どんな風に見えているだろう。

「……」

「……」

沈黙が怖い。視線が痛い。
やっぱりさっきので少し怒っているのかもしれない。

「……佐野さんが、」

ようやく口を開いた神月くんを、思わず見上げた。
するとそこには、想像していたような怒った顔とはまったく違う、優しい笑顔があった。

「佐野さんが元気なら、俺はもうそれで」

本当に嬉しそうに笑った神月くんに、心臓がどくんと鳴った。
甘く痺れる。
ずっと見ていたい、だけど見ていられなくて顔を伏せてしまう。そんな気持ち。

想いが溢れそうになるのをなんとか堪える。
私今絶対変な顔してる。
見ないでほしい。見られたくない。でも違う、私だけを見ていてほしい。
誰にも取られたくない。
この笑顔は私に向けられたもので、私だけのものだから。
他の誰にも、見せないでほしい。

こんな醜い感情、本当にいいのだろうか。
ぶつけてしまって、打ち明けてしまっていいのだろうか。

「……佐野さん?」

「……なんでもない」

”好き”って、キレイなだけじゃない。
醜くて汚いドロドロしたもの。それも、”好き”の中には存在する。
それを年下の、まるごとキレイそうな神月くんに、浴びせていいのだろうか。

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