Nostalgia【短編】
「何を見てるの?」
「蛙だよ」
即答した彼の眼は、キョロキョロ、キョロキョロと、本当にその空間を蛙が泳でいるよう。
正気には見えたけど、私にその蛙は見えなかった。
「どんな蛙?」
お茶を彼の前に置いてそう尋ねると、彼は私を真顔で見つめた。
時計の針が1番おしゃべりで、他の一切は私達二人に合わせるように息を潜めていた。
「…君も見えないの?」
その声は無感情に、何故か若干の警戒の色を含めて私に向けられる。
「うん。見えない」
私は淡々と返す。
彼の言葉は本当だと思った。
だけど私には見えなくて、
見えないのが歯痒かった。
私の視線を探るように見ていた彼が、怪訝そうに首を傾げた。
「僕の事、変な奴って思わないの?」
「思わないよ」
「言った事、信じるの?」
「信じるよ」
「可哀相な奴って思ってたりして」
「思ってる風に見えるの?」
白が基調になった空間に、雲間から太陽が顔がでたらしい、午後の柔らかい陽が差し込んでいる。
何も言わないまま互いに見つめ合うまま、やがて彼がふにゃりと微笑んだ。
「見えない」
蛙は、赤い筋がある緑の身体に、硝子のように透明な人の目をしていたそうだ。