28時間
「言いづらいんだけど」

遥の後ろに座って、風呂上りの髪をタオルで拭いてやりながら、慎一が言った。

「明里の母親が出て行ったの、俺にも責任あるんだ」

「…明里ちゃんを任せきりにしたから?」

慎一は前妻が家を出るまで一度も保育園に来たことがなく、それは保育士の間ではよく知られていた。
遥も、「明里ちゃんのお父さん、見たことないな」と思ったものだった。

「そう。忙しかったからだけど、それは彩子も同じだし。言い訳はできない。明里には本当に申し訳なかったと思っている」

「…済んだことだし、仕方ないですよ。
明里ちゃんは、タイミングを見て彩子さんに会わせてあげれば?」

彩子が献身的な母親だったことを、遥はよくわかっていた。
魔がさしたというか、運命の歯車が狂ってこうなってしまったようだった。
再婚したと聞いているが、明里のことは気がかりに違いない。

「…考えてみる」

そう言うと、慎一はタオルを置いた。

「大体乾いたよ」

「ありがと」

遥は向きを変えて、慎一と向かい合った。

これはお礼、といってキスをする。

そのまま慎一を押し倒して、もっと。

「よく上に乗るよね」

慎一が笑った。

「征服欲かしら。
ハンサムで有能な市長は私のものっていう…」

遥が真顔で答えた。

面白いんだよな遥の言うことは。

慎一は笑って、遥を下にした。

「簡単にひっくり返せるよ」

キスをしながら両手の指を絡ませる。

遥の指は細くてきれいだ。

そして思い出した。

…そうだ、買い忘れていたのは指輪だ。

急に結婚を決めたので、まだ指輪を用意していなかった。

一度、慎一が遥に聞いてみたのだが、遥は「落ち着いて時間ができてからでいい」と答え、そのままになっていた。
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