過保護な副社長はナイショの恋人
気まずい……。こんなところで会うなんて……。

「偶然だな……。驚いた」

一翔さんはスマホをスーツの胸ポケットにしまうと、私の側へゆっくり歩いてきた。

まともに目を合わせられなくて、視線をそらしてしまう。

「今、咲実に電話してたんだ。どうしても、聞いてほしい願いがあって」

「願い……? なんでしょうか?」

改まってなんだろうと怪訝に感じながら、一翔さんを見つめる。

こんな風に顔を見ると、どれほど彼を好きだったのか心から分かる。込み上げる愛おしさを、なんとか打ち消した。

「今月の三十日、このホテルに来てくれないか?」

「え? ど、どういう意味ですか?」

そういえばさっき、蓮見社長と月末がどうのって、話をしていた気がする。それと、今誘われていることは関係あるのか……。

「……もし、俺が咲実とやり直せるチャンスがあるなら、その日の午後七時、二十階にある石庵(せきあん)に来てほしい」

石庵といえば、高級料亭だ。そこへ来てほしいって、どういうことだろう。

「あの、意味がよく分からないんですが……」

「真衣子さんに、俺と別れてほしいと言われたんだろう? だから、俺に別れを告げた……」

静かにそう言った一翔さんに、私は返事ができない。もしかして、真衣子さんが話したの……?

事実を知られてしまったら、一翔さんは私の別れ話を納得してくれないかもしれない。

「そうだとしても、私が決めてお別れしました。ですから、一翔さんとやり直すつもりはありません」
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