夢見るキスと、恋するペダル
こわい!無言!
怖くてつい、避けるように俯いたが、返ってきたのはマイペースそうな声。

「……ま、急がなくていいよ。またいつか通りすがった時払って。」

え……いいの?
そんなんで。

「は、はいっ!私、神谷彩葉と言います。必ず寄りますから……!」

「いろは?」

ドキっと心臓が波打つ。
名前を呼ばれただけなのに、こんな人から呼び捨てされると、なんか、その……。

「うちの犬と同じ名前。」

「わ……ワンちゃんですか……」

犬か……。
いや、嫌いじゃないけど、かわいいと思うけど……。
沈黙が走って、はっと我に帰る。

「あ、ありがとうございました!」

「うん。あ、それと、たまには空気入れなよ。毎日乗ってるなら尚更。今日は入れたけど、空気ないまま乗ってたら傷んじゃうから。」


お兄さんは軒下まで出て、私が自転車に跨るのを見届けてから、店に戻って行った。



怖いけど……いい人だったなぁ…。
明日ちゃんと700円払わないと。
それより、財布がないのが気になる。


押しピン……。
踏んだのかなあ?

さっきの押しピンといい、なくした財布といい、原因は思い当たらないわけではなかった。
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