冷酷な公爵は無垢な令嬢を愛おしむ
 ザクリと音がして、ふわりと視界に白金が舞った。

 髪を切られたんだと気が付いた。

 ああ、この人は私をとことん傷つけて苦しめたいんだ。

 全てはレイへ復讐する為に。
 私は表向きはレイの婚約者だから、私を傷つければレイが苦しむと思っている。

 もしあの夜会に行かなければ私ではなくティアナ様がこうして傷つけられていたのかもしれない。

 そうしたらレイはきっと酷く苦しんだろうけど、この人は間違ってしまった。

 私を攫った時点で復讐は失敗している。

「……あなたはレイを傷つけられない」

 私はレイの弱みでは無いのだから。

「お前ごときが生意気な口を利くな!」

 私の言葉に激高した男は、苛立ちを表わすように力づくで私のドレスの胸元を引き裂いて来た。

 布が裂ける音が狭い牢に悲しく響く。

 もう駄目だ。この状況から逃げるなんて不可能だ。
 だけどせめてこの男の前で恐怖に泣き叫ぶ事だけはしたくない。この男はその姿をのぞんでいるのだから。

 これから起きる事を見たくなくて、ギュッと目をを閉じようとしたその時、それまで静まり返っていた外から大きな音が聞こえて来た。

「な、に……」

 男が信じられないといった様子で呟いた。

 この状況は予期していなかった事のようだ。

 私を睨んでいた目は、今は扉の方を睨んでいる。

 とその時、先ほどの男の足音とは比べ物にならない程の大きな足音がこちらに近付いているのが聞こえて来た。

 勢い良く駆け寄る足音。
 それも一人ではなく何人もいるようだ。

「あ、あ……」

 私に跨ったままの男が震えた声を出す。

 怯えている様子は少し前までの私のようだ。

 朦朧とした頭でそんな事を考えている内に、扉が蹴破られた。


「!……そこを退け!」

 怒鳴り声が聞こえて直ぐに、押えられていた身体が楽になった。

 私に跨り体重を乗せていた男が、ベッドから落ちたようだった。

 耳を塞ぎたくなるようなうめき声が聞こえる。

 きっと男を私から引き剥がした誰かが、男を容赦なく捕らえているのだろう。

 王都を守る騎士達が誘拐に気付いて、助けに来てくれたのたのかもしれない。

 少しの希望が湧いてくる。

 起き上がり何が起きているのか確かめたいけれど、恐怖と暴力で気力体力共に失ってしまった私は身体を起こすのも難しい。
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