冷酷な公爵は無垢な令嬢を愛おしむ
 どうしてそんなに怒っているのか分からないけれど、とにかく恐い。

 日頃遠くで眺めるだけの、雲の上の存在の王太子殿下がお怒りなのだ。

 あの犯人に感じたものとは、また違った恐さに私は無意識にレイの胸元の服を掴んでいた。

 私の切られた髪を触ろうとしているのか、王太子殿下の手が伸びて来る。

 あと少しで触れそうな時、レイが低い声で言った。

「軽々しく触ろうとするな」

 え……今何て?

 レイが王太子殿下に向かって、とんでもない無礼な口を利いた気がするのだけれど。

「それからあんまりじろじろ見るなよ」

 レイは唖然とする私を抱えなおし、王太子殿下の近くから遠ざけた。

 こんな態度を取って大丈夫なの?

 レイが不敬罪にでもなってしまうんじゃないかとハラハラしたけれど、王太子殿下はその整った顔に不機嫌さではなく苦笑いを浮かべただけで、特にお怒りの様子は見えなかった。

「心配で様子を見ていただけだろ?」
「必要ない。ローナには俺が付いているからな」
「そうは言ってもお前のガードが甘くて彼女は傷付き、あまつさえ攫われてしまったんだ。お前には任せられない。今後彼女は私が守ろう」

 王太子殿下が手を差し出して来る。

 レイはイライラとその手から遠ざかりながら、怒り口調で言った。

「元はと言えばサイラス、お前のせいだろ⁈」

 王太子殿下のせい? 一体どういう事情なのだろう。話が見えない。

 レイに責めれても王太子殿下は涼しい顔だ。

「確かに私が発端だが今回の件の指揮をとっていたのはレイだ。計画の失敗を私のせいにするのは論点の掏り替えだと思うが」

 レイは悔しそうに歯ぎしりする。
 対して王太子殿下は、機嫌良さそうに微笑んで言った。

「だけどローナ嬢を傷付けてしまった責任は私自ら取るつもりだ」

 王太子殿下はレイの腕から私を引き取ろうとする。
 それを許さずレイは王太子殿下を睨みながら豪語した。

「俺は二度と失敗しないし、これからもローナを守っていく。ローナに手を出したらたとえ王太子だろうが許さないからな! ローナはおれのものだ!」

 大声でそんな事を言われると私の方が恥ずかしくなってしまう。

 居た堪れなさに縮こまる私を抱いて、レイは堂々と牢を出て、夜明け時の外に連れ出した。
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