もう一人の自分
海の香りのする小さな駅で、一人の老婆が列車に乗り込んできた。車両には、私と老婆の二人。老婆は私の向かいに座った。みすぼらしい服装で、痩せこけていたが、老婆には気品が有った。美しいと思った。人生を花に準えて謳った人がいた。よく考えたものだ。確かに、花盛りの頃よりも散り際が美しい。老婆には、散り行く桜と似たような雰囲気があった。周囲の人間の心を自然と安らかにする空気感。落ち着く事を知らない私の心をも鎮めたのだ。長年生きて来た軌跡の成せる技なのだろうか。私も、いつか老婆のように穏やかに生きられる日が来るのだろうか。数駅先の小さい駅で、老婆は静かに去って行った。ふと視線を上げれば、富士山が悠然とそこにあった。
< 4 / 7 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop