もう一人の自分
折角なので列車を降り、富士山に近い或る宿に泊まった。そこは小さな民宿で、先程見た老婆よりも少し若い女将さんと、数人の娘さんが迎えてくれた。
何処の部屋からも富士山が見え、私を取り巻く空気が軽くなったような気がした。大した事は無い。唯、富士山が見えるだけなのだが、不思議と気分は良かった。富士山は、毎日の気候によって其の表情を変えた。
気に入って長く泊まっているうちに、一人の娘さんが矢鱈と私に話し掛けて来るようになった。何故かは分からないが、どうやら好かれているようだ。彼女は不思議な人だった。私の言葉を聞いては、ユニークだ、とくすくすと笑うのだ。おまけに、私に沢山の質問をしてくる。好きな物、嫌いな物、長所、短所。出身地は?雨は好き?貴方の好きな言葉を聞かせて。と、彼女の質問は止めど無く、私は大忙しで答えなければならなかった。然し彼女は、私の答えを聞けばまたくすくすと笑うのだ。笑い上戸、それにしても可愛らしい笑顔である。そんな彼女の言葉に、私はまた驚かされる事になった。
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