COUNT UP【完】
「…乗るの?」
「そう」
ポンちゃんはバイクに乗らない。
乗っても原チャだから後部席に乗ることは絶対にない。
つまり、あたしはバイクという乗り物が初めてで、しかも運転するのはキス魔。
もう全てに対して“怖い”という感情しか無くて、思わずヘルメットを外そうとしたら、「何やってんだよ」と怒られた。
「だって怖いじゃん!」
「怖くねぇよ」
「あんたが運転するんでしょ?!」
「他に誰がいるんだよ」
「振り落とされそうじゃん!」
「お前を乗せるのにそんなことするわけないだろ」
大学くらい一人で行けるよ、と言おうとしたら、キス魔があたしの右手に触れて「乗り方教えてやるから乗れ」と初めて優しい声であたしに説明しはじめた。
そんな話し方も出来るんじゃん、と思いながら言われた通りに座るとキス魔もヘルメットを付けて乗る。
それで気付いたこの距離感。
バイクってこんなに近い距離で座るの?!
初体験のあたしは慌てるしかなくて、エンジンがかかってるのに、どこを支えに持てばいいのかわからなくてキョロキョロしてるとキス魔が振り向いた。
「横に持つ所があるけど、怖かったら俺に掴まって」
「あんたに掴まるのヤダ!」
何言ってんの!?と言うと「じゃあ、横掴んでろ」とあたしがちゃんと掴んだのを確認してから走り出した。
くんっと引かれて体が後ろに引っ張られる。
「無理ー!!」
怖い、本気で怖い。
これで車と同じスピードで走られたら確実に気絶する!!
あたしが叫んだからバイクを止めて、振り返ったキス魔の顔は怖かった。
「だから俺に掴まれって言っただろ」
「だって、」
「ほら、早く」
前から両手を掴まれて腰に腕を回される。
これじゃ掴むじゃなくて密着じゃない!とギュッと目を閉じると小さく笑われた。
「……なによ」
「ちょうどいい胸のかんしょ、」
「最っ低!!」
密着してた体をかなり離して、キス魔の服を掴んだ。
キス魔はまだ笑っていたけど「行くぞ」と走り出してからはずっと前を見てた。
いつもは車か自転車でしか走らない慣れた道。
知ってる景色なのに、なんだか違って見てる気がした。
陽射しはキツイけど、風が涼しくて気持ちいい。
車じゃ感じられない季節の匂いがした、ような気がした。
「ねぇ」
信号待ちのとき声を掛けた。
風とエンジンの音でなのか反応がない。
「ねぇ」と肩を叩いて呼びかけても振り向かない。
わかってんのに反応しないんだと思ったらイライラして何度も声を掛けたけど、無反応だし無視される。
結局、信号は変わっちゃうし話し掛けられなくなった。
次の信号待ちのとき、反応しないから仕方なく…仕方なく名前で呼んだ。
「……ミノル」
「なに?」
反応早っ!
名前で呼んだら顔まで向けてきた。
「なに?ユイ」
「こっち見なくていいから前見てて!」
笑顔で振り向くから一瞬ドキリとしてしまった。
なんだ笑えるんじゃん、と思うと同時に可愛いなんて思った自分に恥ずかしくなった。
思わぬ所で跳ねた心臓はなかなか治まらない。
名前を呼んだのに何も話さないから「なんだよ」とキス魔は拗ねたように言ったけど、あたしは今それどころじゃない。
予想外の事態にプチパニック状態だ。
もう目の前には大学が見える。
この坂を上りきったら門があって、冷静さを取り戻す為にどうでもいいことを必死で考えた。