きみは宇宙でいちばんかわいい


「――きなこちゃん!」


下駄箱で柊くんと別れようとしていたとき、いきなり後方から呼びかけられた。

彩芭くんは、遂に、わたしを“木原さん”と矯正して呼ぶことを諦めたのか、いまでは、誰とどこにいようが、普通に“きなこちゃん”と呼んでくる。


それにしても、彼の声を聴いた瞬間ばくばくと暴れはじめた心臓を、どうすれば抑えこむことができるのだろう。

一回目のときよりも明確に重なったくちびるは、ひと晩たったいまでも、その瞬間の温度や、感触を、はっきりと覚えているというのに。


それでも、このままずっと無視しているわけにもいかないので、とうとう意を決してふり返った。

そして、ぎょっとした。

彩芭くんは、もうすでに、ミスコン用の女の子の姿をしていたのだ。


「きなこちゃん、おはよ」


軽快にそう言った彩芭くんは、きのうのことなんてまるで無かったかのように、ケロリと笑っている。


「へあ……」


なんだか、拍子抜け。

あんなにうるさかった鼓動が鎮まってゆくのと反比例して、力ない笑いがこみ上がってくるような、なんともおかしな感覚が、体の真ん中で膨れあがってゆく。

< 185 / 285 >

この作品をシェア

pagetop