きみは宇宙でいちばんかわいい
「まあ、なんでもいいけど、無理。きょう、このあと、優雅にひとりで映画見に行く予定してんだよ」
「そんなの、ひとりなら、ちがう日に変更してよ」
なおも、「やだね」なんて冷えきった答えが返ってくる。
その熱々のコーヒーで温めるべきなのは、体じゃなく、もっと他にあるんじゃないのかと思う。
「好きな人が、このあとの飛行機で、イギリスに帰っちゃうの! お兄ちゃん、いつもななに意地悪してばっかりなんだから、こんなわがままくらい、たまには聞いてくれてもいいじゃんっ」
もはや、半泣きだった。
久しぶりに、本気で、兄の胸をボコボコ叩いた気がする。
「……なるほど。そういうことなら、しょうがねーか」
そのかいあってか、お兄ちゃんは、すぐに折れてくれたのだった。
そして、にやりと笑い、立ち上がると、わたしの頭をクシャッと撫でた。
「わがまま上等。それでこそ、俺の妹」
半分も飲んでいないコーヒーをテーブルに置いた兄は、寝ぐせも直さず、たぶん顔も洗わず、パジャマにしているスウェットの上から、そのままフリースを着こんだ。
スマホと財布、それからキーケースだけ持ち、車のエンジンをかけた横顔は、どこまでも野暮ったいのに、ヒーローそのものだと思った。