そのくちづけ、その運命
しばらくしてから彼は口を開いた。
少し遠慮がちに、けれどもその視線はしっかりと私をとらえている。

そして、その瞳は不安に揺れているようだった。

――どうして?

「オレ、実琴のことすごく好きだから……


実琴にも同じくらいオレのこと好きになってほしい」


え………今なんて。


雨の中、彼が言った言葉を反芻する。


オレ…実琴のこ…とすごく…好きだから―――…
実琴にも…同じくらい…オレのこと好きに―――…

オレ………実琴のこと……好きだから………
…同じくらい……オレのこと……

何回も繰り返す。
無意識のうちにそうしていた。
理解が追い付かない。

雨が激しく屋根に当たる。それと、地面に打ち付ける音が重なる。

思考の中に入り込んでくる、自然の中の調律。


美しいメロディーのようだ。



そうしているうちに、頭がぼーっとしてきた。

あれ今、真人くん何か言ってる―…?

聞こえるようで聞こえない。

気が遠くなりそうだ―――…


昔、聖書で読んだ、悪魔にそそのかされて禁断の果実を食べてしまった
イブってこんな気分だったんじゃないかな……

突拍子もなくそんなことを思った。


彼の愛(どく)に侵される私。


今の状況はまさに聖書の中のそれだ。
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