そのくちづけ、その運命
彼はジーンズにポロシャツという服装だった。頭にはキャップをかぶっている。

ふわっとした彼本来の髪の毛がキャップで隠れてしまっていて少し残念に思った。


「真人くん」

私は緊張しながら、彼の名前を呼んだ。

声、上ずっちゃったかも。


近づいたとたん真人くんからいい香りが漂ってきた。

何の香水だろう?

注意しないと気づかないくらいのほのかな香り。


「あ、よかった。来てくれて」
そう言って目を細めて笑う。

なんて謙虚なんだろう、
とまた心臓がギュッとなる。

これがトキメキってやつ?

恋愛超初心者の私には右も左もわからない。
自分のことなのに、心に浮かんだ気持ちが、何に起因するのだろう、といちいち難しく考えてしまう。

あなたに誘われて断る井上実琴という人間なんてもうどこにもいないよ。

「ごめん、連絡先雄二から来たんだ」

「あ、そうだと思った」

「ほんとごめん。オレ、なんかいっぱいいっぱいになっちゃって」

そのあと小さい声で
「今日来てくれないかと思った」

「そんな!分かったって言ったのに」

「それでも、オレこの間ひどいことしちゃったから…」

彼は俯き加減にそう言った。

あぁ、この人も私と同じで不安だったんだ…
真人の声は思いのほか沈みがちで、不安に揺れているようだった。

私だけじゃなかった…

その安堵と愛おしさで思わず真人をぎゅっと抱きしめたくなる。

これが衝動?


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