そのくちづけ、その運命
俺が「バイオリンと少女」のなかで描きたかったのは、もしかしたらこんな、
今を生きるひとりの人間の姿だったのではないかとふと思った。

荘厳とした森の奥深くで、存在しているのは自分ただひとり。
そんな圧倒される大自然を目の前にして、
ただ毅然と、それでいて悠然とバイオリンを弾く少女。

そのとき、脳裏には鮮やかな映像が映し出された。

大自然の中、彼女はたったひとり、静かにたたずんでいる。

そして目をつむったまま空気を吸いこみ、ゆっくりとメロディーを奏で始める。
バイオリンの、美しく軽やかな音色を。


「バイオリンと少女」の世界観をそのまま体現しているかのようなそのイメージに、俺は息をのんだ。

その少女は臆すことなく大自然と対面していたのだった。
その小さい体からは想像できないほど堂々とした姿で。


――――――彼女は力強くその絵の中で生きていた。


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