私はミィコ
空白
彼のいない一日はやたらと長く感じられた。
しかもトラブルが長引いているらしくまた彼は帰ってこなかった。


同じように寂しさを抱えて三日目。
懲りずにリュージの仕事を朝から手伝っている。


陽が高く昇って落ち始め、時刻はおやつの時間。
メイドさんが持ってきてくれたお茶をあの椅子に座って飲みながらぼんやりしていると、先に切り出したのはリュージの方だった。


「ミィコ様、明日までっしょ? どうするんすか?」
「あ……そっか、もうそんなに経ったんだ」

試用期間は一週間。
明日がその約束の日。
約半分もお休みなんだから笑ってしまう。

「続けるんですか?」
「んー……私ね、ご主人様のこと好きみたい」
「オレも好きっすよ」

ぽつり
。カップの中を覗き込んで言った言葉はあまりにあっさり返されて首を振った。

「……抱かれたいって思ったの。変でしょ? 名前も年齢も知らないのに」

だから敢えて直接的な言葉を選んで顔をあげる。
無理して笑顔を作ると目の前のリュージはきょとんとしてみせた

「そすか? 旦那様ぐらいカッコ良くて優しくてしかも金もあるってなったら大抵の女はそう思うでしょ。何もおかしくねーんじゃないすかね」
「……そうかな」
「知りたいですか、旦那様のこと」

リュージはほんの少しだけ困った顔になった。
私はカップをぎゅっと握る。

「うん。知りたいよ」
「教えることは出来ますよ。オレは知ってますからね。ただ、」
「ただ?」

中途半端な言葉が気になって繰り返すと、リュージは真面目な表情になった。

「知ったら“ミィコさま”には戻れないですね。まず間違いなく」
「そっか……」
「明日、旦那様と話して決めたらどうすか。ここを続けるなら何も知らない方が幸せかと。猫は詮索しないでしょ」
「そうだね……ありがとう」

そう。
私は勘違いをしてはいけない。
あの人の恋人にはなれないんだから。
優しくしてくれるのは、私が“ミィコ”だからだ。
忘れかけていた初心を思い出して残っていたお茶を飲み干した。
もうほとんど私の決意は決まっていた。




夜になる。
寂しかった。
だから、彼の寝室へと忍び込む。
そっとベッドの上に丸まって彼の枕を抱きしめた。
落ち着く匂い。
好きだなと思う。
何も知らなくても。


「すき……」

小さく小さく零れた言葉は闇に溶ける。
それが完全に消えるのと同時に瞼を下ろした。

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