私はミィコ
ミィコの一日
「おはよう、ミィコ」

彼の部屋に連れられていくと、あの高級そうなソファーに座っていたのはしっかりと身支度を整えスーツ姿の彼だった。
優雅に珈琲を飲む姿が、様になっていてついつい見惚れそうになる。


「にゃあ」

やるからには徹底的に。
そう心に決めて、きっちり鳴いた。
彼は嬉しそうに笑う。

「おいで」

ぽんぽん、と膝の上を叩かれて、つい躊躇う。

「ミィコ?」

でも、そう急かす声に促されて、頷いて近寄った。

「にゃ」

控えめに鳴いて、彼の膝の上へと腰を下ろす。
重くない?
大丈夫?
って訊いてしまいたいのを必死に隠して、なるべく体重を床につけた足へと流そうとする。


「さあミィコ。ごはんだよ」

彼はそう言って、お皿の上に置いてあったクッキーを小さく砕く。
それを私の口元へと寄せた。


「…………」

キャットフードじゃないだけマシだ。と思うべきなんだろうか。
人の手から食べることにどうしても躊躇ってしまって固まると、クッキーのかけらを持った指が、私の唇をそれで押す。

「ミィコどうした?……口移しがいい?」

分かっているのか何なのか。
耳元に寄せられた唇がそう囁いた。
いつもより少し低い声で囁かれて、ボッと顔から火が出てしまいそうだった。
ふるふる、と首を振って、ぱくっとかけらを食べる。
味なんか分からなかった。


「いいこだね。おいしいかい?」

よしよしと褒められて髪を撫でられる。
31歳にもなってこんな、子供にやるみたいに、と思う私がいる反面、朝のメアリの言葉を反芻する私もいる。
そう、これは仕事なんだ。
私はミィコになりきらならくては。


「……んにゃ」

鳴いて、撫でる手に控えめに頭を押し付けてみる。
こんなの、知り合いに見られたら死ぬしかないな、なんて考えながら。


「もっと食べたい?」
「……にゃ」

こくり、と頷くと新しいかけらが口元へと運ばれた。
ふに、とそのかけらが唇を押す。
指に触れないように意識して食べてみる。


「ミィコはいいこだね」

彼の声のトーンがほんの少しだけ変わった気がして顔を上げる。
僅かに、切なそうに細められた瞳とぶつかった。瞬間。ぎゅっと心臓を掴まれた気持ちになる。

「にゃ……?」

どうしました? 
そう訊きたくて、それが出来ないのがもどかしい。
彼は何でもない、と首を振って私の頭をぽんぽんと撫でた。


「今日はもう行かなきゃいけないんだ。なるべく早く帰るからいいこにしているんだよ。出来たらご褒美だ」
「……にゃ」

彼が離れづらそうに言うから、何となく私も離れるのが惜しくなってしまう。
腰を上げて立ち上がる彼を見送る。


「それじゃあ行ってくるよ、ミィコ」

頭に口付けられて、一度抱きしめられる。
本当に離れたくない、と言っているみたいで心が震えた。

だから、行ってきます、のつもりで少し長めに鳴いてみる。

「にゃああ」
「……またね、ミィコ」

伝わったのか彼は微笑んだ。
それに嬉しくなってしまうぐらいに、私の頭はやられている。
出ていく背中をぼんやりと見送る。
何だか寂しいみたい。


「……変なの」


まだここに来たばかりで。
あの人のことを何も知らないのに。
もっと触れて欲しいなんて思うのはきっと頭がおかしい。
だから私は頭を振って全てを吹き飛ばした。


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