私はミィコ

――コンコン
「ミィコ様。いらっしゃいますか」
「え、ええ」
「入ってもよろしいでしょうか」
「……ええ」
「失礼します」

扉が開いてメアリが入ってくる。
私は慌てて立ち上がった。
彼女の表情は変わらない。

「旦那様はもう行かれました。下に朝食のご準備がありますので、降りましょう」
「え? 朝食?」
「はい。……ああ、旦那様のこれは戯れ……つまりはスキンシップですので。もちろんきちんとした食事はご用意いたしますよ」

彼女は説明不足だったと言わんばかりに付け足す。


「あ、なんだ。毎日クッキーだけかと思っちゃった」

だから軽く肩を竦めて笑ってみせる。と彼女も微笑んでくれた。
テーブルの飲みかけのコーヒーをプレートに乗せてそれを持った彼女と共に部屋を後にする。

一緒に階段を下りて、奥の部屋へと通された。
そこはまるでパーティルーム。
20人は軽く座れるであろう長テーブルに、ぽつんと一人分の席が用意されていた。


「私、一人だけ?」
「はい。私や他のメイドはもう済ませましたので」
「そう。……メイドさんは、どのくらいいるの?」
「常勤は5人もいません。掃除だけに来る家政婦などもいますが」
「そうなの」
「はい。……座ってください。お飲み物はどうされますか」
「えーと……温かいお茶か何か、もらえますか……この格好、冷えちゃって……」

肩を大きく露出した衣装を見下ろす。
彼女はかしこまりました、と頭を下げて奥へと消えていった。
おいしそうな匂いがするから、厨房があるのかもしれない。

「…………」

躊躇いがちに、ナプキンなどが用意されているテーブルの前へと腰を下ろす。
スプーンやナイフなどが置いてあるが肝心のお料理はまだだ。


「おはようございます」

初めて聞く声に私は顔を上げる。と、黒髪の眼鏡の男性がそこにいた。
彼も背は高いけれど、それより高い。
180センチはありそうな長身ですらりとしている。

「私は、ここでウェイターをしております、高柳と申します。本日の朝食はスープとサラダ、オムレツとパンになります。アレルギーはないとのことでしたので食材に制限はかけておりませんが、お嫌いなものがございましたら何なりとお申し付けください」

すっと私の前までやってきた男性はそのまま跪いた。
驚いて立ち上がる。と、すぐに座るよう促された。

「高柳さん、ですか。私は、」
「新しいミィコさまですよね。存じております」
「あ……」

慌てて本名を名乗りそうになって、それを悟ったのか遮られる。
慌ててこくんと頷くと高柳さんは優しく微笑んだ。

「高柳、でいいですよ。私はただのウェイターですので」

微笑みを崩さないまま彼は持っていたトレイの上からスープ皿を置いた。
緑色のスープに湯気が立っている。


「今日はさやえんどうと豆乳のポタージュです。すぐに他の料理も持ってきますね」

終始笑顔でそう言った高柳さんは奥へと消えていった。
メアリといい彼といい、今の高柳さんといい。
この家は容姿の整った人しかいられないか、とぼんやり考える。

端っこのまあるいスプーンを手に取ってスープを一口すくって口へと含んだ。
甘い。
甘くて、あったかくて、じんわり心が落ち着く味。

「お待たせいたしました。こちらは季節のサラダになります」

すぐに戻ってきた高柳さんがサラダをテーブルへと置く。
それをフォークでさして食べる。
しゃきっぱりっと新鮮なお野菜の歯ざわりが心地いい。

それからオムレツも運ばれてきて、そのあと見知らぬ男性がパンのバスケットを持って私の前までやってくる。

「おはようございます、ミィコさま。料理長の石山と申します」

口髭の立派なおじさま。
料理長と名乗った石山さんは恰幅が良く笑顔が素敵だった。
バスケットの中から焼きたてであろうクロワッサンとデニッシュを私の皿へと乗せていく。

「おはようございます、初めまして、ミィコです。……その、お料理とてもおいしいです」
「そうですかそうですか、お口にあったなら何より。お代わりもございますので」

こちらまで気の良くなる笑みを向けて石山さんは、すぐにそう奥へと引っ込んでいった。
入れ替わりにメアリが戻ってくる。


「遅くなりましたが。ハーブティーをご用意いたしました。食後にどうぞ」
やはり淡々と紡いで、持っていたカップを置く。
うーん何だろう、至れり尽くせり、ってやつだ。


「ここの人たちはすごく優しいんですね」
「そうですね」
「まるでホテルの朝食みたいですごく豪華。朝から贅沢だって思います」
「……そうですか。気に入って頂ければ良いです」

メアリはやっぱり表情を変えないままそう紡ぐ。
彼女が持ってきてくれたお茶はすごく温かくて心が落ち着いた。

「すごく気に入りました。有難う」
「…………。……食べたら、お部屋にお戻りください。今はまだ8時前ですので。9時まではご自由に、どうぞ。9時なったらお迎えにいきます。説明が足りないと思いますので、当館の説明を軽く。昼になったら出かけましょう。午後は美容室へ。それ以降はまたお話します」
「分かりました」
「それでは、一度これで失礼いたします」


また頭を下げてメアリは去っていく。
何だかすごく落ち着かない。
でも、目の前にあるのはすごくおいしい朝食っていうちぐはぐな気持ち。
それを飲みこむみたいにお茶を飲み干して、出された料理も完璧に飲み干して私は部屋を後にした。


部屋に戻ったら何だかんだと8時過ぎだった。
テレビをつけると朝のニュース番組が映る。
先ほど既読だけつけた連絡に、たぶん行けないと返事をして、ベッドの上に寝転がった。


私は、ミィコ。
求められるようなミィコになれるんだろうか。
よく分からないけれど、彼を喜ばせたいという気持ちがある。




「――失礼します。ご準備はよろしいでしょうか」

一時間はあっという間で。
それからメアリはお屋敷の簡単な間取りなどを教えてくれた。
試用期間だからか、私が猫という立場だからなのか。
基本的にはどこへは入ってダメ、ここはオーケーという内容。
そして館内を案内してくれた。思ったよりも広いお屋敷だった。


歩き回ったらあっという間でお昼に。
部屋の前まで戻ってくるとメアリはすっとまた頭を下げた。

「私は予定があるので。出かけるのは別のものになります。衣装については新しくベッドの上に置かせていただきました。……ああ、先ほど言い忘れましたが何かあればパネルから連絡ください。それでは失礼いたします」
「わかった、有難うメアリ」

どこか早口で急いでいる様子のメアリを引き止めることは出来なくて部屋へと戻ると、ベッドの上にはいくつかの服が並べられていた。
少し、年齢的なことを考えると可愛らしすぎるような気もしたけれど、実際に手にとって当ててみると、ウィッグとカラコンのお陰かそこまで違和感がない。

普段なら着れないワンピースに着替えてカーディガンを羽織る。
……意外と似合っていて頬が緩む。
私の知り合いが見たらびっくりするだろうな、と思う。
ついつい自撮りまでしてしまった。


それから。
メアリの言っていたパネルを覗いてみる。
見た目はタブレット、画面はよく飲食店にあるようなタッチパネル。
ここからメアリを呼んだり出来るらしい。すごい。


「こういうのは現代的なのね」

少しレトロな洋館なのにアンマッチなんてぼんやり思いながらそれを戻して一息。
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