"忘却"
"忘却"
「この琥珀色の、ちいさいのを頂戴」
昨日の晩、うとうとしながら爪の手入れをしていたせいで深爪気味になってしまった人差し指を少し恥じらいながら、私はそれを指さした。
「お嬢さん、これかい?」
店主は少し驚いたような顔で私を見たあと、白髪混じりの長い髭を指で二、三度撫でてから、変わってるねぇと笑った。それから低く咳払いをして、ガラスケースの蓋をそっと開けてからもう一度、本当にこれでいいのかい?と聞いた。
「それがいいの。だめ?」
「いいや、構わないけれども……お嬢さん、これはお嬢さんみたいな若い女の子には少しばかり地味じゃないかな」
「ううん、琥珀色、綺麗じゃない」
べっこう飴みたいで好きなの、と笑うと、店主はまた優しく微笑み返して、そうかい、と言った。
店内は薄暗く、埃の匂いと、蝋燭の火が揺れる影がそこにあるだけで、どこか寂しげだ。店の真ん中には古い小さなガラスケースがあって、中には色とりどりの宝石がずらりと並べられていた。照明が当たっているわけではないのに、どの石もきらきらと輝いている。
ワイン色の石には、"愛"と書かれた小さなプレートが寄りかかっていた。クリアブルーには"静寂"、エメラルドグリーンには"平穏"と、同じように埃まみれのプレートが立てかけられている。
「これを飲むと、本当にここに書いてあるものが手に入れられるの?」
「あぁ、本当だとも。誰かの愛を望むなら赤を、喧騒から逃れたいのなら青を、夜の海のような、穏やかな心を望むなら緑を」
「何でもあるのね」
素敵だわ、と呟いてガラスケースを指でなぞると、店主は子供のように無邪気な笑顔で嬉しそうに、そうだろう、と言った。
「私はね、これを集めるのが趣味なんだ。だけど集めるだけでは味気ない。だから時々、お嬢さんのような子にお裾分けしているんだよ」
「じゃあ私は今日ここに来てラッキーね」
「お代はいらない、どれでも好きなものを持っていくといい。……だけどね、お嬢さん」
本当にそれでいいのかい?と、もう一度、店主は私の目をじっと見つめた。硝子玉のような瞳が、私を捕らえて、何かを訴えかけようとしている。
いいのよ、とにっこり返すと、店主は少し俯いて、しばらく何かを考えるような仕草をしたあと、そうかい、とまた優しく笑った。
「今、ここで飲んでもいい?」
「あぁ構わないよ。水を持ってきてあげよう」
「だけどこれ、すごく苦いのよね。どうせなら、べっこう飴みたいに甘ければいいのに」
「お嬢さん、」
「あれ?」
【"忘却"】