それはバーの片隅で
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「あっれ」
「げ」
メイク直しをしようとトイレに向かったら、篠原くんがいた。
そう広くないお店の、カウンターの奥。厚めのドアを開けると狭い廊下があって、その先に化粧室がある。篠原くんは壁によりかかっていた。
思わずゲッと言ってしまった私を気にすることなく、篠原くんはドアをゆびさし首を横にふる。
「メイクなおし?ちょっと待ってね。使用中だから」
「……察しがよすぎるのもよくないよ」
「無神経よりはよくない?」
「……篠原くんって」
「ここでは修司って呼んでねって前も言ったのに」
「……」
「なーにその顔」
社内ではすました顔して会釈してくる「篠原くん」なのに、この店で会う度にそんな風に言う。
年上をからかってるのかと最初こそ過度に断ってたけど、どうやら純粋に懐っこい子だというのはマスターとのやりとりをみていてわかっていた。
(あんまり拒否っても逆に不自然か)
「……わかった。修司くんっていつも」
「ゴメンちょっと」
いきなりシーっとしたと思ったら、化粧室のドアが開いた。
中から出てきたのは、髪を綺麗におだんごにした女の子。