それはバーの片隅で

 見覚えがあった。
 ただし、目の下にマスカラが落ちた状態の彼女の姿に。
 今目の前に立つ女の子は、メイクが綺麗に直っていた。

(この子……さっき泣いてた……)

 篠原くんはさっと彼女にかけよると、少し下を向いている彼女を気遣うようにのぞきこむ。

「大丈夫ですか?」
「……もう大丈夫です。ありがとう」
「もうちょい話します?どうしたい?」
「……大丈夫。すごくすっきりしたから」
「そ? よかったあ」

 心底嬉しそうに篠原くんは笑った。
 よく見ると、腕には女性ものの上着をもっていて、それを女の子に渡す。

「ごめんねこんなとこで。空調、案外冷えるかと思って持ってきてた」
「ううん、ありがとう。……ほんとに、ありがとう」

 上着を受け取った女の子が少しだけ顔をあげる。
 照れくさそうに、だけどどこか晴れ晴れとしたように笑っていた。篠原くんもずっとにこにこしていて、ここだけ穏やかな空気が流れているみたいだった。

「あ……」

 女の子は端によっていた私に気付くと軽く会釈をして、店内へ戻っていく。
 背筋が伸びて、しゃんとして。

(なんだろう)
(なんか、ちがったかも)


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