それはバーの片隅で
女の子が出て行ったドアをじっと見ていた私の肩を、つんつんとつついてくる。
その手の主はもちろん篠原くんだ。
「トイレ、あいたよ」
「……デリカシーとかないの君って」
「持ち合わせてるつもりだけど?」
また壁によりかかりながら首を傾げている。
さっきの女の子を待っていただけなら、さっさと立ち去ってもらいたいのが本音だ。
(だってトイレの前……あ。でもいるなら)
「ひとつ聞いてもいい?」
「いいよ」
「さっきの子……泣いてた子だよね?」
「うん」
「もしかしていつもあんな感じなの」
「あんな感じって?」
「お礼言ってたよ」
「うん。お礼言われたね」
何てことないように言ってるけど、私にとってはかなりの衝撃になる。
店に来るたびに見てきた光景の意味を、勘違いしていたかもしれないってことなのだから。
「…私、篠原くんが毎回女の人泣かせてると思ってた」
「間違ってはないよ」
「でも……違うよね。泣いてるってだけで、私が思ってるようなのじゃないよね」
篠原くんは笑った。
会社ではどちらかといえば無表情で必要以上に声すら発さない。こんな笑顔絶対社内で見せたことがない。
「……知りたい?」
そう言って、私の指先に触れた。