それはバーの片隅で
「……私のことが?」
「いつも笑顔でがんばってて、すごいって思ってて」
「それは……ありがとう」
「初めてここで会った日も、接待の話きいてて」
会社ではおろした前髪とメガネにかくされた目が、まっすぐ私を見る。
会社では、全然見えない目。ほとんど笑うことのない口元。
それが少しずつ近づいてきたことに気づいたけど、動けなかった。
「だから、俺……」
―――カラン
その時、店内に通じているドアが開いた。
篠原くんはパッと手をはなし、私もとっさに離れる。
顔を出したのは―――
「おや?お邪魔だったかな?」
「マ、マスター」
「おじさん…。すっごいタイミングだった今、すげー邪魔だった」
「おお。すまなかったね」
「ちょっ何言ってんの!マスターも!全然邪魔なんか!……あっ私トイレだから、じゃあ」
あわててとびこんだ化粧室の鏡。
(今、私、何を)
うつっていたのは、ゆでだこのように真っ赤な自分の顔だった。