それはバーの片隅で

「教えた覚えがないんだから当たり前でしょ!」

(しかも電話って、耳に近いから)
(さっきのこと思い出しちゃって)

 篠原くんは笑うのをやめ、少し声のトーンを落として言う。

『思い出してますよね?今』
「……この番号だれにきいたの」
『ん?ああ、黒川さんですよ。至急仕事のことで連絡したいからお願いしますってメールしたら、即レスでした』
「……黒川」

(あのゴリラ……!)

 黒川は同じ部署にいる、唯一の同期だ。
 悪いヤツじゃないけどバカなところがある。底抜けに明るくて同期でもお祭り担当で、悪いヤツじゃないけど。
 部下にあっさりだまされるっていう、こういうところが。
 よくいえば素直、悪く言えばやっぱりバカ。

(個人情報とかほらいろいろ!!)

『黒川さんは素直すぎるだけですから、そんな怒らないでください』
「篠原くんがそれ言うの?要は嘘ついたんでしょ」
『御崎さんが帰っちゃうからです』
「だ、だって」
『まだ話の途中でしたよ。俺。……話だけでもなかったけど』

 耳元で囁かれる感覚に陥り、さっきのことを思い出して一気に顔が熱くなった。


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