それはバーの片隅で

「ええ。入社して1年たったくらいですね」

 篠原くんが新入社員だった頃。
 私にとっての篠原くんはあれがすべてだ。背筋を伸ばして、でも社員たちと目を合わせるのはあまり得意じゃなさそうにも見えた。
 緊張していただけかもしれない。

「……ストレスとか疲れがたまったんですかね」
「はるかさんのお名前までは知りませんでしたけど…私はあなたのことをその頃から存じ上げてましたよ」
「……え?」

(それってどういう)

 詳しい事を聞こうとした時、ガタッと隣のスツールが引かれる音がした。
 いつの間に近付いていたのか、篠原くんが座ろうとしている。不機嫌そうに眉をひそめて。

「おいマスター?客の個人情報もらすのダメゼッタイ」
「おっと、修司か。失礼」
「おっと失礼じゃねーし」
「篠原く」
「ちがうでしょ。ここでは?」
「……さっきの子は?」
「あ。無視した。帰る前にメイクなおしたいって」
「じゃあお迎えに行けば。この前みたいに」

(あれ?)
(なんで私こんな言い方してるんだろ)

 篠原くんの顔をまともに見れないまま、つきはなすようなことを言ってしまったことに自分でも戸惑い、うつむく。


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