それはバーの片隅で

*****

「ひっどい顔」

 逃げるように駆け込んだトイレの鏡を前に、ため息が出る。

(ここんとこ眠れなかったから……)

 ますます篠原くんに合わせる顔がない。
 人の弱音を受け止めてあげたいと言うやさしい子なのに。

「……なんでモヤモヤするんだろ」

 見なれていたいつもの相談所に、くるしくなった。

「やっぱ帰ろっかな」

 ため息と一緒に吐き出しながらドアを開けると――
 ―――ドンッ

「わっ」
「帰らないでくださいって言ったのに」

 篠原くんが立っていた。
 ちょっと不機嫌そうに、じっとりと私を見つめている。

「し、しの」
「何度も言ったけど、ここでは修司」
「……修司くん、なんでここに」
「帰ったかと思って焦ったんですよ」
「マスターに聞かなかったの?」
「今接客中。きいてない」
「……さっきの子は?」
「帰りました」
「そう」

 後ろ手でドアを閉める。
 篠原くんはだまってしまい、私もうまく話ができない。




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