それはバーの片隅で

「……っ!な、に」

 篠原くんの目は険しい。
 会社で顔を合わせる時とも、ここで何度も話した時とも全然違う。どこか切羽詰まったような、だけど苦しそうな表情をしていた。
 男の人にこんな風に手首を掴まれた経験がないから、どうしたらいいのかわからず固まってしまう。
 怯えてるわけじゃないけど、でも、少し怖い。
 知らない篠原くんを見たようで、少しだけ怖かった。

「……俺、そんな簡単に女の子にさわらないです」
「は、離して」
「信じてくれたら離します」
「何を」
「だから簡単に女の子に……あ。ちがった」
「……え?」

 私の手首を離さないまま、篠原くんは少しかがむ。
 背丈の関係でいつも見下ろされていたけど、まっすぐに目が合った。
 それが尚更動揺を誘う。

「な、なに」
「………俺、ずっと御崎さんに憧れてたんです」

 ふれる手に力がこもる。
 不思議と痛くはない。でも、すごく熱い。

「いつのまにか憧れじゃなくて…好きになってました」
「……っ!」

 顔がほてり、うまく声が出てこなかった。

(どうしよう、どうしよう)
(何て答えたら)

 思えば思うほど喉の奥に熱い何かがとどまっているみたいで、声にならない。



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