それはバーの片隅で

「え?」

(なに?なんの声?)

「……う、ぐすっ」

(もしかして…誰か泣いてる……?)

 それとなく店内を見回すと、店の奥で、髪の長い女性が泣いていた。
 手前には男。こちらに背を向けていて顔は見えない。
 何やら言葉をかわすと女性が立ち上がり、あわてて前を向いた私の後ろを通る。

「……おじゃましました」
「ありがとうございました」

 女性が出て行ったらしいカランという静かなベル音と一緒に、マスターが声をかけた。

(よかった、見てたのバレてない――)

 胸をなで下ろしていると、マスターは私に微笑みかける。

「お待たせいたしました。ジン・トニックです」
「あ、ありがとうございます」

 ―――ガタッ

「あ。俺も同じのちょうだいマスター」
「えっ」

 だれもいなかったはずの左側から突然、声がした。
 そして私のグラスに伸びてきたのは、男の人の手。


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