それはバーの片隅で
顔を上げると、優しそうなマスターが顔をくもらせて心配げにしている。
「あまりご無理はよくありませんよ。ここへ来る前にも、飲んでらしたんですよね」
「そうですけど…でも、思いきり酔いたい気分なんです」
(たしかに接待でけっこう飲んじゃったけど)
(気持ち的にいいお酒じゃなかったし)
いっそのこと思いきり飲んで―――もちろん自力で帰れる程度にだけど、嫌なことや単調な毎日への鬱憤など全部を忘れてしまいたかった。
少し落ち着きなよ、と肩に軽く触れてきた修司を睨むように振り向く。
修司は苦笑しながら、だけど優しく言った。
「嫌な上司と接待で気持ちはわかるけど…女の子がしていい酔い方とダメな酔い方があるから」
「あなたにそんなこと言われる筋合いない…」
(……あれ?)
修司の言葉を頭の中でくり返す。
「嫌な上司と接待だったって、言いましたっけ?」
「ん?……ああ、言ったよ?」
(そうだっけ?)
「記憶にない……」
「え?やだなあ、もう酔いが回ってきてるんじゃないの?尚更弱いやつにしておきなさいって。ね」
「でも言った覚えは絶対な」
「てことでマスター、よろしく」
私の声を遮った修司は、勝手に注文をした。