あの夏の空に掌をかざして
 あたしは、はぁと1つ息を吐いて、深く空気を吸った。


 声が震えないように、溜まっている涙が、落ちないように。


 ゆっくりと、楓の方を向く。


 楓は、目に涙を溜めていて、けれどあたしを見つめて、微笑んでいた。


「楓……ありがと、あたしも…………ぜったい、忘れない!」


 結局震えてしまった声で、それでも全て、伝えきった。


 楓は、鼻を赤くした顔で、笑って見せた。


 タイムリミットは、もうすぐそばまで来ていた。


「私……あんたが次戻るときは、バカだから、今のことは忘れてるかもしれない……だけど、あかりのことは、ずっとずっと大好きだよ…」


「……楓が忘れてても、あたしがずっと覚えてるよ……大丈夫」


 光が強くなってきた。


 楓もその事に気がついた様子で、その頬に一滴の涙粒が流れたのが見えた。


 "明日"には楓の記憶から消えてしまう、"今日"のこと。


 大丈夫だよ楓……楓は忘れるんだから、そんなに泣かなくてもいいんだよ。


「…かり!……やっ……ないで!…………かり!……忘れ……よ!」


 薄くなるからだに、朦朧とする意識。遠くで聴こえる、楓の焦った声。


 全てを理解することを諦めて、あたしは最後にとびっきりの笑顔をしてみせた。






「楓、バイバイ!」


 瞬間に見えた景色は、楓の泣き笑いだったような気がした。


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