あの夏の空に掌をかざして
「なんか、陽ちゃんもやっぱ年だね、年々落ち着いてきてる」


 二人と一匹で、河川敷の上にある土手を歩く。夏真っ盛りな事もあって、つくしやタンポポはもう顔を引っ込めて、青々とした新芽がたくましく伸びている。川は夏の太陽を反射して、キラキラ光っている。


「そうだね、陽ももうおばあちゃんだから」


 あたし達の膝よりも低い位置を歩いている陽ちゃんは、年相応に落ち着いていて、昔のように走り回ったりはしない。


 成長を嬉しく感じる反面、少しだけ寂しいのは、あたしだけなのかな。


「白髪も生えてきてるんだ、まつげやヒゲなんかにね」


 見てみると、確かに目を伏せたときだとか、白い毛がキラリと光っている。ヒゲはもう、ほとんどが白い。元々の毛色が白っぽかったからあまり違和感が無かったけど、ゆっくりと、確実に年老いているんだと分かってしまう。


「陽ちゃんも、変わっていくんだね…」


 ポツリと溢した独り言のつもりだったけど、日向には聞こえていたらしい。


「変わらないものなんかないよ、だけど、全てが変わるわけじゃない、成長してないわけじゃないけど、一人一人絶対に変わらないものを持っているからね、」


 隣を歩く日向の横顔からは、何を考えているのかは分からない。だけど、その言葉にはどこか強くて優しい響きがあって、心が穏やかになるのを感じた。


 いつもそうだ。日向には、いつも何かに気付かされる。日向にとっては何気無い一言かもしれないけど。


「そっか…」


「うん、例えばあかりちゃんもね、新しい事を学んで、たくさん経験して、確実に成長していっているけど、いつまでも本質は変わらない。ほら、明るくて優しいところなんか」


 そう言って、日向はあたしに微笑みかける。あの、妹に向けるような顔。


 やめてよ…そんな、成長する我が子を見てるような目。


 あたしはそれに気が付いていないフリをして、パッと顔を逸らし、照れたように頭をかいた。


「えへへ、そうかな。日向も変わらないね、優しいとことか、」


 あたしを子供扱いしてくるとことか、なんて。


「そんなもんだよ、皆、変わることも変わらないことも、同じくらい大事なことだから、ただ、昔からそうだったことは変わりにくくて、今までも変化してきたものは変わりやすいってだけの違いだよ」


 じゃあ、日向があたしを好きにならないことも、異性として意識すらしないことも、これからも変わらないのかな。


 いや、ダメだ、そんな弱気じゃ。あたしはもう、諦めないって決めたんだから。


 分かれ道に差し掛かったところで日向に向き直り、ばいばいする。


「そうだね!それじゃ、あたしこっちの道だから」


「うん、気を付けるんだよ」


 日向に笑いかけて、最後に陽ちゃんの頭をわしゃわしゃして、あたしは振り返ることもなく、一本道を進んでいった。
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