あの夏の空に掌をかざして
「わぁ~、ちょっと時間考えなさすぎたかも~」


 あれから、色んな所に行って、色々見て回って、いっぱい食べたしいっぱい買い物もした。お財布もちょっと寒くなった。でも遊べたのは久しぶりだったから、すごく楽しかったし、色々話を聞いてもらった。


 それまではいい。問題は、家に連絡を忘れてしまったこと。


 調子乗りすぎちゃった…どうしよ、お母さん怒るかなぁ。


 時刻は夜9時前。玄関前に立って、言い訳はどうしようかと考えを巡らせる。あたしの家は、お父さんが単身赴任で遠くにいて、しかも一人っ子だから二人暮らしなので、お母さんがとにかく厳しい。


 お父さんがいない分自分が頑張んなくちゃって、お母さんの気持ちは分かるけど、お母さんはほんとに厳しい。時間や連絡忘れなんかには相当。思い出しただけで震えてきた。


「はぁ、帰りたくないよ…」


 その時、ドアが開いて、あたしは驚いて身構えた。お母さんの怒声が聞こえるかと思ったけど、何もなくて恐る恐る目を開くと、驚いた顔の日向がいて、拍子抜けした。


「ひ、日向か、よかったぁ!…じゃなくて、何で日向がいるの?」


 興奮したあたしに、日向はホッとした顔をして、けれど素っ気ない態度で入って、と言った。


 リビングに入ったところで、日向はあたしを振り返る。見下ろされる形なので、どこか威圧感を感じる。そうでなくても、美人の真顔に真剣な声は、正に鬼に金棒だ。


 やばい、ぜったい怒ってるよ~!


「あかりちゃん、こんな時間まで連絡もいれずに何やってたの?」


「か、楓と遊んできたの!ほんとだよ!連絡しなかったのは謝る…けど、ほんとに遊んでただけだから!もうしないって約束するから、怒らないで…」


 日向に嫌われたくなくて、必死で弁解する。あたしの悲痛な面持ちに、日向も心を痛めたようで、ため息を一つつくと、もうしない?とあたしに訊いてきた。


「しない!ぜったい!約束する!」


 力強くそう言うと、日向はそこで初めて、笑顔を見せてくれた。やっぱり妹を見るようなソレだったけど、あたしは日向の怒りが収まったことに安堵した。


「ご飯温めておくから、早くお風呂入っておいで」


 台所にあるテーブルには、ラップに包まれている夕食が置いてあった。献立は、日向の得意な、あたしの大好物のハンバーグだった。


 日向が…作ってくれたんだ。


 日向は本当に優しい。いっつも。怒ったのだって、きっとあたしを思っての事。自分の事では滅多に怒らないのに。


 胸が締め付けられるような感覚がした。


 荷物を自分の部屋に置いてから、タンスから着替えとタオルを引っ張り出し、お風呂場に向かう。


 すれ違いざまに日向から頭をぽんぽんされて、「心配した…」と言われた。その声がすごく優しい響きで、あたしはなんでか、訳も分からず泣きだしそうになった。



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