君が望んだ僕の嘘
第四章《君が望んだ嘘を》

1.目指すは素肌美人

第四章《君が望んだ嘘を》
 1【目指すは素肌美人】
爽やかな朝だ。

「洗濯、完了!」
物干し台から見上げる空は、今日も抜けるように青い。
干し立てのワンピースが、はたはたと風に踊って、空に白い彩りを加えている。

「よしよし。
夕方には乾きそうね」
湿ったスカートの裾を一撫でし、一人微笑んだ。

珊瑚が歌う夜を過ごしてからというもの、このワンピースを着る日が増えた。
翻るスカートの傍らにいるのは、いつだって雪人だ。

つまり、私達のデートは、ずいぶんとデートらしくなったのだ。

時には、Tシャツ短パンの小学生スタイルで、わいわいとアウトドアに興じることもあるけれど、大抵は二人でゆったりと過ごすようになった。

今なお緋色の花が燃える鳳凰木の下で、肩を寄せ合って。
どうって事ない話を、たくさんたくさんした。

好きな本や映画のこと。

いつか行ってみたい遠い国のこと。

意外な特技の話や、初恋のこと。

数多あるうまい棒の中で、どれが一番美味しいかなんて、答えのないことまで。

港の三毛猫が不細工か可愛いかで、くだらない喧嘩をすることもあった。

そうやって二人で過ごしていると、ふいに甘い瞬間が訪れる事がある。

そう言う時には、胸を高鳴らせながら手につなく。
恐る恐る、そぅっと頬に触れ合う。

帰らなくてはいけない夕刻、別れ難くなった片方が我慢しきれなくなって、ハグをねだることもあった。

「触ってもいいか?」
甘い瞬間が訪れる度、雪人はいまだに、上目遣いで申し出る。

私はこの上目遣いを見ると、いつも胸が痺れて、何も考えられなくなってしまう。
お願いされれば、どんな申し出にも頷いてしまいそうだ。

そう、どんな申し出にも・・。

「っかーっ!
朝っぱらから、私ってば、なにピンク色の妄想してんのよ。
いやぁー、もうもうもう!
恥ずかしーい!」
なんて、ワンピースに抱きついて身悶えていると・・。

「・・美羽さん、何してるか?
具合でも悪いんか?」
洗濯カゴを抱えたよしおばあが、つぶらな目を丸くしていた。

気恥ずかしさ、マックスである。

「な・なんでもないです!
私ったら、いやぁね。
おほ、おほほほほほほ!
あら、大変、そろそろ支度をしなくっちゃ。
ワタクシ、今日は夕方から雪人さんと約束があるんですの。
それでは、ごめん遊ばせ〜!」
妙なお嬢様言葉を使って、全力で誤魔化し、どたどたと部屋に駆け込んだ。

「えぇっ?夕方って・・。
美羽さーん、今はまだ午前中だよぉ〜。
やっぱり具合が悪いか?
特に頭の〜」
至極もっともなオバアのツッコミが痛かった。

・・反省・・。


さて、本日のデートは、私の希望により、初の海水浴だ。
楽しみすぎる。

なんだかんだと後回しになってしまったが、あの「あおい海」で泳ぐのが、私の旅の第一目的なのだ。

それに、せっせとため込んだバイト代の一部を割いて、お高い水着を買ったのだ。
是非とも使わなくてはならない。

また、畑仕事だの山菜取りだの、校外学習のようなデートをこなしたおかげで、ぽこっと出ていたお腹も無事引っ込んだ。

どこをとっても、準備万端だ。
わくわくとトキメかずにはいられない。

そして、昨日になって急上昇したお楽しみポイントも、絶対外すことは出来ない。

それは、私の水着姿に対する雪人の反応である。

事の起こりは、昨日、海水浴の約束を取り付けた時に遡る。

「ねえ、明日は海で泳ごうよ」
と、ねだる私に、
「おう。
いいな、海」
と、雪人はこともなげに二つ返事をしたのだ。
実に気軽なご様子だった。

しかし、だ。

「持ってきた水着ね。
この間買ったばっかりなんだよ。
だから、着るのがすごく楽しみなんだ。
ビキニでね、腰と肩を紐でくくるタイプでね、色は白。
セクシーだけど、可愛いデザインなんだよ。
ねえ、私が着てるところ、見たい?」
冗談混じりで、雪人をからかうと、
「・・見てやらんこともない」
と、無愛想に横を向いた。

けれどね、奥さん。
ヤツはあからさまに期待をしておりましたよ。

だってね、ごくっと生唾を飲んでたもの。

・・ね?
当日の反応が非常に楽しみでありましょう?

つい、悪代官みたいにくつくつ一人笑いしちゃうでしょ?
くっくっくっく・・。
お主も悪よのぅ。


先ほども言ったが、本日の待ち合わせ時間は夕方だ。

デート開始時刻が通常より遅いのは、ひとえに雪人の心遣いである。

「真っ昼間に泳いだら、日に焼けすぎるから、地元の人間は夕方から泳ぐんだってよ。
泳ぐなら俺らもそうしよう。

美羽はそろそろ日に焼けるの嫌なんだろ?
最近、日焼け止め塗りすぎて、お前の顔面ヌリカベみたいだし、シミだソバカスだってうるさいもんな。

俺は、そんなのどうだっていいと思うけど。

シミが浮こうが、ソバカスが散ろうが、美羽は美羽だ。

シミぐらいで、今更その顔立ちが、これ以上残念方向に変わる訳じゃない」
などど、どうにも素直喜べない毒舌ぶりだったけれど、好意は好意なので、有り難く甘えることにしたのだ。

したのだが、シミだのソバカスだの、ヌリカベだの、女子にとっては禁句を連発されちゃあ、黙ってられないでしょ?

なので、本日は、朝一番から約束の時間ぎりぎりまで、私は美容につとめる所存と相成ったのである。

「目指せ、素肌美人!
つるつるすべすべお肌で、雪人をドギマギさせてやる」
鼻息荒く海藻パックを自分の体に塗りたくる。

この海藻パック、よしオバアから分けてもらったものだ。
島の特産品で、オバアの長年の愛用品だそうだ。

きっと、すごく効く。
老いてもつるつるぴかぴかで、皺一つないオバアの顔が、その効果を実証しているのだ。

「見てなさい、雪人」
ささやかな復習を夢見て、私は悪い笑みを浮かべる顔に、こってりと分厚く海藻パックを塗り込めた。
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