君が望んだ僕の嘘

5.残された時間

 5【残された時間】
海風荘で私を待っていた人の正体は、名乗られる前に分かった。
彫り込んだような二重が雪人にそっくりだ。

「初めまして、美羽さん。
雪人の母です。
雪絵と申します」
初めてあった雪絵さんは、朝早いというのに、きっちりと身綺麗な身なりをしていた。
大学生の息子がいるとは思えないくらい、若々しく綺麗な人だった。

でも、雪絵さんがふかぶかと丁寧な一礼をした時、彼女の苦悩を目の当たりにした。
毛先は艶やかな黒をした髪の毛が、根本は真っ白な白髪になっていたのだ。

「早速だけど、お話しするわね。
私達には、嘆いたり迷ったりしている時間は、あまり残されていないから。
雪人の余命は、もう半年を切ったの。
重い悪性の脳腫瘍を患っていて、今はホスピスに入院しているのよ」
雪絵さんは、前置きもなしに、ずばりと言った。

「っ!」
思わず体が跳ね上がった。

雪絵さんが一端口を噤んだ。
目だけで「大丈夫?」と聞いてくる。

「続きを、お願いします」
からからに乾いた口を叱咤激励して、雪絵さんを促した。

雪絵さんは小さく頷いて、話し始めた。

説明はとても端的で、その分容赦がなかった。
表情を消して、淡々と話す雪絵さんの様子からは、本当に嘆いている時間はないのだと、ひしひしと伝わってきた。

雪絵さんの説明よると、雪人の病状は、すでに外科的手術の適応範囲外になってから発覚したそうだ。
その時点で、化学療法や放射線治療を行っても、雀の涙ほどしか、余命は延びないと言われたそうだ。
ならば、辛い治療を受けるよりも、のびのびと過ごしたいと言って、この島のホスピスに入ることを選んだのだそうだ。

だか、雪人の病状は予想よりも逼迫しているらしい。

「若いから、ガン細胞も元気なんでしょうね」
雪絵さんは唇を何とか笑いの形にしたが、とてもとても悔しそうだった。

「ここ最近で、急に聴力も視力も落ちたの。
頭痛も酷いみたいよ。
それに昨日、倒れたでしょう?
・・運動障害だけじゃなくて、呼吸器不全も起こしかけてるの。
もうね、一ヶ月もしないうちに、あの子は普通に動けなくなるそうよ」
ここまで話しきってから、雪絵さんはようやく息をつき、じわりと目の端っこを潤ませた。

「今後・・といっても、そう長くはないのだけれど、今後の二人の事は当人同士で話し合ってちょうだい。
これはホスピスの入館許可書よ
・・雪人はきっと、あなたが会いに来るのを嫌がると思うわ。
最後もきっと・・。
いえ、こう事も含めて、当人同士で話した方がいいわね」
雪絵さんは、ラミネート加工された入館許可証をポケットから出したものの、なかなか手渡そうとはしなかった。
きっと、私が雪人を拒否するかもしれないと怖がっていたのだと思う。

「はい、話し合ってきます。
だって、私のためでもありますから。
雪人さんにも、責任をしっかりとってもらいます」
いささか乱暴な手つきになってしまったが、私は雪絵さんから入館許可証をもぎ取った。

「ありがとうね、美羽さん。
雪人の人生の最後を、美しいものにしてくれて、本当にありがとう。
あなたと過ごすようになってから、雪人は今までで一番幸せそうだった。
あの子が出会ったのが、あなたで本当によかった」
雪人そっくりの二重をした目尻から、やっと、でも一粒だけ涙がこぼれ出て、畳にしみこんだ。
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