君が望んだ僕の嘘

3.沖縄オバアの襲撃!


「何だったんだろう・・」
第一島人との交流に失敗した私は、やや悄然として、宿への道のりを一人歩いていた。

さっきのおじさんとの会話は、極々短いものだった。
地雷を踏む間も無かったと思うけど・・。

「ま、いっか。
こういう事もあるわ。
憧れの『温かな交流』は、次回に期待しよう!」
私はさっさと気持ちを切り替えた。

終わったことを、後悔しても仕方がないのだ。
覆水は盆に返らないんだから。

それに、くよくよ俯いているのはもったいない。

だって、頬をくすぐる風は、湿気と熱気を帯びているし、道の両側には、色鮮やかな花々が艶めいている。

望んでいた南国情緒が満載だ。

「おぉ!これってハイビスカス?
あそこにも、ここにも咲いてる!
色も赤だけじゃないんだ。
ピンクも白も、オレンジもあるんだね。
それにしても、ハイビスカスって、南の島では、そこらじゅうに気安く咲いてるんだなぁ。

あら!あれって、もしかしたらバナナかな。
ウホウホ!なんちゃって。

うわぁ〜、なんだろう、この黄色い花。
やたらと咲き誇ってるけど、これって道ばたに咲いてるにしては、かなりな大輪だなぁ。

ぎゃっ!『ハブに注意』の立て看板だ!
ハブって言ったら、毒蛇よね。
やっぱ、こういうのも気軽に出現するんだ・・」

歩を進めるたびに、目新しい何かが見つかり、私は大はしゃぎしてしまった。
住人からしたら、ただの生活道なんだろうけど、私からすれば、見るもの全てが物珍しいのだ。

そうしているうちに、第一島人との交流失敗のことなんか、すっかり頭から消え去ってしまっていた。

だって、見渡せば、心に思い描いていたとおりの南の島だ。
道を彩る花々に、きらめく太陽。
立ち上る焦げたアスファルトの匂い。
そして、むせかえるような緑色の湿気。

どれもこれも、素敵だ。
 
「う〜ん、まさに今、旅してるって感じだわ」

また一人で盛り上がる視界に、『海風荘』と書かれた古ぼけた看板が飛び込んできた。

海風荘。
それは、島の宿泊施設の中でも、最安値を誇る民宿の名前だ。
そして、これから一ヶ月弱、私がお世話になる宿でもある。

「・・・看板がこれじゃあ、ご本尊も期待はできそうにないなぁ。
やっぱ、ぼろいんだろうなぁ」
今にも草に飲み込まれそうな看板を見やって、ちょこっと溜息をついてしまった。

いえね。
なにも、我那波島には、古い民宿しか無いわけではない。
コテージ型の素敵な貸別荘もある。

あぁ、私だって、許されるならば、綺麗なコテージに泊まりたかったよ。

でもね、こちとら、しがない学生だ。
映画やライブ、ランチや合コンの誘いを断り、せっせとバイトに励んだと言えども、用意できた軍資金は高が知れているってものなのだよ。

現在のお財布事情で、コテージに泊まろうものなら、一週間足らずで旅行は終了だ。
 
私は、初めての一人旅は、是が非でも長期滞在したかった。
ならば、どうしたって宿のランクを落とさねばならなかったのだ。

哀しいことだか、現実は世知辛い。

「ま、これも気にしたって仕方ないわ。
ぼろぼろだって、いいじゃない。(みつを風に)
住めば都って言うしね」
今度は無理矢理気を取り直して、宿へと向かった。

こんな風に、全く、全然、これっぽっちも期待はしていなかったのだが。

「・・ははは。
これかぁ」
到着した民宿「海風荘」の玄関前で、しょわしょわと力なく笑った。

海風荘は平屋の民家風の建物だったのだが。
やはり、我が宿はボロっちかった。

しかも相当だ。

こまめに手入れされているようだが、壁の外装は所々剥がれ落ちてるし、屋根も何度も修理したのか、屋根瓦の色がところどころまちまちだ。

門脇に設置されてる守り神・シーサーも、ずいぶんと苔むしておらるる。

極めつけは、玄関扉のガラスだ。
放射状にヒビが入り、なんとセロハンテープで補強されてあった。

なんという貧乏臭さ。

こんなの、初めて見た。
マンガや小説の創作であって、実在するとは思わなかった。

「なんか、今にも壊れそうな廃屋みたいだわ。
台風が来たら、吹っ飛んじゃうんじゃないかなぁ」
つい、素直な感想が口をついて出た。
だがしかし、本音とはいえ、悪口なんか言うもんじゃないね。

「大丈夫さ!
壊れたりしないよ!」
次の瞬間、背後から元気よく声をかけられ、私は飛び上がった。

「海風荘は見た目は古いけど、根太はしっかりしてるんだよ。
ほれ、オバアと一緒さ」
振り返ると、お婆ちゃんが立ってた。
赤チェックのエプロン姿がキュートだ。
私の肩にやっと届くくらいの背丈だが、どこもかしこもまんまるに太っていて、血色がよい。
老婆と思えないほどお肌も艶々だ。
見るからにお達者そうである。

「えっと、すみません。私、別に不満がある訳じゃ・・」
私は慌てて言い訳しようとした。

ところが、お婆ちゃんは聞いちゃいなかった。
ぷっくぷくのほっぺを忙しなく動かし、一方的にまくし立てた。

「あんた、上條美羽さんだろ?
島では珍しいチュラカーギー(美人)だから、すぐに分かったよ。

オバアはね、海風荘の女将よ。
名前は比嘉よし。
よしオバアって呼んでね。

美羽さん、よろしくねぇ。
島にいる間は、オバアのことは親戚だと思って、何でも頼りなさいよ。

アイッ!よく見ると大変!
美羽さん、随分と細っこい腰してるさ。
海風荘にいる間は、オバアがたくさん美味しいものを食べさせてあげるからね。
ほれ、まずはこれカメー(食べなさい)」

よしオバアは、一気呵成に話し終えるやいなや、エプロンのポケットから赤子の拳大の物体を取り出し、私の口に突っ込んだ。

「ふぐぁ!ふぁにほれ?!(なにこれ?!)」
油と黒砂糖の甘い香りが口内で弾けて、私は目を白黒させた。

「オバア特製サーターアンダギー(沖縄の揚げ菓子)よ。
ほれほれ、まだまだたくさんあるから、カメーカメー」
オバアのポケットから、ごろんごろんと追加のサーターアンダギーが飛び出してきて、私の手のひらの上で小山になった。

「果物も黒糖もいっぱいあるからね。
サーターユ(黒糖を溶かした白湯)もいれてあげようね。
はいはい、おいで。
部屋に案内しようね。
部屋にもどっさり用意してあげるから、ゆっくりしっかり食べなさいよ」
よしオバアは、さっさと私を海風荘に引きずり込み、庭に面した四畳半の和室にてきぱき放り込むと、気合い満々に腕まくりをして去っていった。

この間、私が口を挟む隙は皆無だった。

「話には聞いていたけど、実際すごいわ、沖縄オバアのパワー」
どでかいサーターアンダギーを、やっとのことで飲み下し、少し脱力してしまった。

部屋の隅の座卓に、貰ったサーターアンダギーをごろごろと転がし、大きなため息をつく。

初っぱなから気圧されてしまった。
ちょっとばかり悔しい。
でも・・・。

「このお部屋、居心地良さそうだなぁ」
真新しい畳が敷かれた四畳半を見渡し、目を細めた。

これからしばらく私の城となる部屋は、海風荘の外観とは正反対だった。
どこもかしこもピカピカなのだ。

掃除が行き届いてるのはもちろん、座卓の上にある花瓶には、大輪のハイビスカスが飾ってある。
座布団もよく干してあって、お日様のいい匂いがした。

隅々まで、よしオバアの心遣いがあふれているである。

こういうのって、やっぱり嬉しい。
気持ちがほこほこする。

そして、何よりも。

「この部屋、いい眺め!」
今時珍しい模様入りの窓ガラスを開け放つと、潮風が部屋に駆け込んできた。
そして、きちんと草刈りされた広い庭の向こうには、一面のオーシャンビューだ。

命踊る緑と燃える海のあおが、きらきらと輝いている。
鮮やかなコントラストが目を焼いて、眉間が痛い。
美しい景色に、じぃんと胸も痺れた。

「・・本当に素敵。
今日から、いいえ、たった今から、私の素敵な一人旅が始まるんだわ」
感動が怒濤のように期待を連れてきて、つい涙ぐんでしまった。
感涙ついでに、船上での失態や、第一島人との交流失敗はなかったことにした。

「美羽さーん、入るよぉ!」
ドフンドフンという景気の良いノックで、襖が波打った。
返事をする前に、スパーンと襖が開いた。

現れたのは言わずもがな。
よしオバアだ。

「どっさりオヤツ持ってきてあげたよ。
オバアとユンタクしながら食べようねぇ。
あ、ユンタクっていうのは、おしゃべりのことよ」
しかも、よしオバアが掲げてきたお盆の上には、見たこともない南国フルーツや、カロリーの高そうなお菓子が溢れそうだった。

甘い匂いが、潮の香りを瞬く間に凌駕した。

「はいっ!食べて!
みーんな美羽さんも分よ。
遠慮はいらんからね」
甘味てんこ盛りのお盆が、どかーんと座卓に着陸した。
ついでに、よしオバアも座布団の上に、どーんと腰を据えた。

コレを、全部食べろと?
よしオバアとおしゃべりしながら?

「・・ど・どうも・・」
思わず、愛想笑いがひきつる。
確かに、地元の人との温かな交流を待ち望んではいたが・・。
温かを遙かに通し越して、熱々すぎない?

断ろうと思った。
しかし。

「美羽さん、早く座りなさいよ。
ほら、これもこれもオバアの手作りよ。
美味しいよぉ〜」
よしオバアの円らな瞳が、きらきらと輝く様を見て、私は挫けた。
そして、諦めた。

あぁ、人生初の一人旅は、夢と希望に満ちている。
けれども、ままならない至難にだって、満みちているものらしい。
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