君が望んだ僕の嘘

3.予想外の申し出

 3【予想外の申し出】
前科一犯断固回避!
なんとかして、窮地を脱さねば!

「お目汚しをして、大変申し訳ありませんでしたぁっ!
ワタクシは上條美羽、十九歳。某大学の二学年であります!
ワタクシは全面的に非を認めます!
償うために、何でも致します!
だから、通報しないでください!」
せっぱ詰まった私は、全力で示談に持ち込むことにした。
まずは誠心誠意の謝罪と身分提示、それから、華麗にジャンピング土下差を決めた。

「あはははははっ!
なんだそれ、面白すぎるだろ!」
つむじに降ってきたのは、怒声でも詰問でもなく、楽しげな笑い声だった。

示談に応じてもらえるのだろうか?

そっと視線を上げて窺った。

「もう最高!
腹筋崩壊だ!」
男の子は、鳳凰木の幹にもたれて座り、お腹を抱えて笑っていた。

先ほどは気付く余裕もなかったが、随分と綺麗な男の子だ。

甘く整った目鼻立ちをしており、中でも、くっきりと彫り込んだような二重が目を引いた。
地面に素っ気なく投げ出された手足は、すらりと長い。
長めの髪も、薄い唇も、耳の奥に響く深い声も。
どこをとっても申し分ない。

なんの変哲もないTシャツ短パン姿だというのに、どこぞの王子様みたいだ。

その上、どこかしら不思議な透明感があった。

痴女の嫌疑がかかっている最中に不謹慎だが、条件反射でドキドキしてしまった。

でも、目元に滲む笑い涙を、ごしごしと手の甲で拭う仕草は、少し幼い。
やはり、私よりも一つ二つ年下に見えた。

「美羽っていったら、あんた、海風荘に長期滞在してるっていう女子大生だろ?
あんたさ、今、島で有名人になってんぞ。
なんせ、よしオバアが、優しい娘だ可愛い子だって、毎日嬉しそうに島中に触れ回ってるからさ。
余所者の俺の耳にも、あんたの噂は届いてるよ。
それも、もう何度もな」
男の子は、腹筋を使って勢いよく起きあがった。喉の奥は、まだくつくつと笑っている。

よしオバアのおしゃべりさんめ!
一体、どんな噂を?!

などと、内心で八つ当たりする私はみっともないので、捨て置いといてください。

「よしオバアが、はしゃぐのもよく分かるな。
あんた、人が良さそうだし、何より底抜けに面白そう。
それに、結構可愛いじゃん。
割と俺の好みだ」
すんなりとした彼の指先が、躊躇なく私の顎を押し上げた。

「ふぉっ?!」
こいつは、憧れの顎クイだ。
いやいや、現況の私は、暢気にトキメいている場合ではない。

「・・身元はすでにバレてましたか・・。
どうか、どうかご勘弁を」
恐れ入って許しを乞うばかりだ。

「ん〜?どうしよっかなぁ」
「そこを何とか!
本当に、本っ当になんでもいたしますので、はいっ!」
整った指先に、不肖の顎を預けつつ、両手を組んで懇願した。
気分はお代官様に命乞いする農民だ。

「あんたが島に滞在するのってさ、確か一ヶ月くらいって話だったよな。
うん。なら、うってつけだ」
薄めで清潔感のある唇が、にやっと意地悪い三日月型になった。
いかにも悪巧みしていますと言う笑みだ。

「・・はぁ」
すっごく嫌な予感がして、じっとりと額に冷や汗が滲んだ。

「あんた、俺の恋人になれ。
そんで、俺の望みは何でも全部叶えろ」
「はぁああ?
君、唐突に何言ってんのよ?!
冗談じゃないわよ!
望みを全部叶えろですって?
どんだけ俺様な条件よ!?」
とんでもない要求に、立場も忘れて噛みついてしまった。

「まあまあ、そう怒るなよ。
何も一生そうしろっていうわけじゃないぜ。
島にいる間だけで良い。
島から出たら、ここでの出来事は、お互いに綺麗さっぱり忘れる。
つまり、期間限定の恋人契約ってわけだ。
そう悪い話じゃないだろ?」
俺様男は、けろりと私の激高を受け流し、更に詳しい条件を提示した。

恋人契約だなんて。
全部が全部、予想外だった。
例えるならば、右斜め後方から超剛速球のデッドボールが飛んできたようなものだ。

「・・・」
衝撃が大きすぎて、目が眩んだ。
言うべき言葉も見つからない。
ぱっかんぱっかんと口を開け閉めするのがせいぜいだ。

俺様男はあくまでマイペースだ。
意地悪そうな笑みを消し、器用な上目遣いで、じいっと私を見つめた。

「頼むよ、美羽」
頬にまで影を落とす睫毛の下で、黒々とした瞳が潤んだ。
直向きなまなざしが、真っ向から私に突き刺さる。
絶対的な非常時だというのに、胸の奥がきゅんと締め付けられた。
実に小癪だ。

「俺の願いを叶えられるのは、美羽だけなんだ」
するりと腰に手が回り、あれよあれよと言う間に私は抱きしめられた。
緋色の花蜜の代わりに、眼前に迫る俺様男の首筋が甘く香って、頭の芯がくらくらした。

「なあ、俺と恋をしよう。
一生に一度の燃えるような恋を」
軽く開いた薄い唇から、切なげな懇願が零れ出て、私の前髪を揺らした。

それを最後に、私の意識はぷっつりと途切れた。
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