好きだから……
「あれ? ここに入ってたはずの……」とあたしはベッドから降りながら、口を開く。
 圭ちゃんと繋いでいた手が、するりと離れた。

 鞄の口を開いている隙間から、見えていたはずのチョコマフィン2個が消えていた。

「食った」
「は?」
「だから食った」
「食べたの!? あのくそ不味い……カナちゃんをトイレ行きにしたお菓子を」
「確かに不味かった。塩と砂糖の分量を間違えたから、奇妙な味になるんだろうが」
「……捨てたよね? お腹壊す前に……」
「いや、全部食った」
「何をしてんの!?」

 圭ちゃんがフッと笑うと、「だからマフィンを食ったんだよ」と答えた。

「おばさんのご飯のほうが美味しいのに。どうして……」
「はあ? あんなもの食いたくもねえ。考えただけで吐き気がする」
「あたしのほうが、吐き気がするでしょ?」
「いや? 絢のほうが食える。次は分量を間違えんなよ」

 え? それって……次も作っていいってこと?

 圭ちゃんもベッドから降りると、カーテンレールにかかっているハンガーに手を伸ばす。
 カーキ色の上着を羽織ると、アパートの鍵をベッドの隣にある棚から取り出した。

「圭ちゃん?」
「送ってく。ばばあに会いたくないから、マンションの近くまで、な」
「悪いよ。寝ちゃったのは、あたしのせいだから」
「寝かせるくらい無理させたのは俺だろ。それに青田に言った『幼馴染だからって何してもいいわけじゃない』ってアレ、俺のことだから。青田だけを責められない」
「圭ちゃん、何を言って……?」
「わからないなら、考えなくていい。俺の問題だから」
 あたしは小首を傾げた。

『幼馴染だから何してもいいわけじゃない』って、どういうことだろう。
 もしかして、今の関係のことを言ってるのかな?
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