好きだから……
 ギシギシとベッドのスプリングが軋む音が、静かな部屋に響く。
 あたしは漏れ出そうになる声を、口に手をあてて、必死に抑え込んでいた。

 あたしの視界では、黒色のストレートな前髪が激しく揺れている。
 前髪の隙間から、いまはすっかり薄くなってきている十センチほどの傷跡が垣間見えた。

 胸の奥がズキンっと痛みを発し、あたしの呼吸を浅くさせた。
「…ん、だめ」と苦しく声を紡ぎ出したあたしは、両目を固く閉じて、頭を激しく左右に振った。

 これ以上は……。壊れるっ。
 ダメ、圭ちゃん……もう、やめて。

 じゅわっと目の端に、涙が溜まってから、ポロリと滴が落ちていった。

「……ここまでか」と圭ちゃんがぼそっと呟くと、動きを止めた。

 圭ちゃんがあたしの上から退くと、ベッドから降りた。

 床に散らばっている白いTシャツをスッと手に取ると、頭からかぶった。

「ごめ、圭ちゃん。最後まで……」
 出来なくて、と言い終わる前に圭ちゃんに切れ長の目で睨まれた。

 あたしは口に出せなかった言葉を、唾と一緒に飲み込んで、体を縮ませた。
 圭ちゃんの睨みは、心臓を抉られるほど恐ろしい。

 襟ぐりから頭を出した圭ちゃんは、乱れたストレートの髪の毛を綺麗な指先でなおした。
 さらりと揺れる髪の合間から見える傷口。

 あたしは無意識に、傷口から視線をそらした。

 あたしのせいで残った傷跡。
 10センチ以上も、縫った傷口。

 あの血だらけの惨劇をあたしは忘れられない。まるで昨日、起きたことのようにはっきりと思い出せる。
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