好きだから……
「ちょ……おい! 俺が誓約書にサインするかと思ったのかよ!?」
「……ちょっとだけ思った」
「はあ? ふざけっ。書くわけないだろ」

 俺は椅子から立ち上がると、みどりの前でしゃがんだ。

「じゃあ、テーブルに置きっぱなしにしないでよ。書く気があるって思うじゃない。それに最近……シテくれないし。引っ越しのときのこと、思い出しちゃったし」
「引っ越し? もしかしてアレ、聞いてたの?」
「うん。お母さんの言葉に、要が返事してた。それ以来、ほんとによそよそしい態度になったから」
「あんときは、俺だってガキだったからな。この先、美香と二人でどうしたらいいかテンパってたときに言われたから、むかつきはしたけど反論できなかった。反論できるほど、大したもん持ってなかったしなあ」

 みどりが、手を伸ばして俺の頬をさわる。

「いまは?」
「まあ、あんときよりは反論できるけど。弁護士の母ちゃんには勝てねえだろ」
「じゃあ、書くの?」
「書かねえってゆったろ。今夜、みどりを送るときにつき返してくる。あとのことは、みどりと親の問題だろ。どうにかしてくれ」
「丸投げ?」
「どうにもならなかったら、家出してこい。俺に言えるのはこれだけ。俺がみどりの親に、首を突っ込めるのは、成人してからじゃなきゃ何も力がねえんだよ」

 みどりが涙を目に浮かべて、コクンと頷いた。

「家出したら、ここに来ていいんでしょ?」
「あたりまえ、だ! 大学の資金まで面倒見てやる……と言いたいところだけど、それは無理。せめて専門学校にしてくれよ。それなら、どうにかする」
「ありがと、要」とみどりが抱き着いてきた。

 今更、諦めるなんてできねえよ。
 みどりとの関係を昔に戻すなんて、俺には無理。
 なら、前を突っ走るしかねえだろ。

 俺たちは二人で、走っていくんだろ?
 未来にむかって、手をとりあっていくんだろ?
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