しらゆき姫の心臓食べた、
まだ覚醒しきれていないのかもしれない。課長が無言のままぼんやりと私を見つめ続けるから、なんだか頬が熱くなってきた。



「……あの、」

「………」



私の呼びかけが聞こえているのかいないのか、のろのろと動き出した課長が、ベッドボードへと手を伸ばす。

どうやらエアコンのリモコンを操作したらしく、とたんに頭上から稼働音が聞こえた。昨日のぐるぐるマフラーといい今朝のがっちりホールドといい、もしかして日生課長、寒がりなのかな?


そしてここに来てようやく、課長の頭も通常運転を開始したようだ。一度は先ほどのように私を抱き込みかけたその手が、急にピタリと動きを止める。

ベッドに横たわった状態のまま、おそるおそるといった様子で私と距離をとった課長は、『しまった』と言わんばかりの苦虫を噛みつぶしたような顔をしていた。

とりあえず、と、私は努めて平静を装い言葉を発する。



「おはようございます、日生課長」

「……おはよう」



まるで会社にいるときのような挨拶をしてしまったのは、まずかったのだろうか。

何とも言えない微妙な表情で、課長が挨拶を返す。


ええっと、ここで「ゆうべは醜態を晒してすみません」とか、謝っておくべきなんだろうか。

でもなんか、勢いでした行為のことをこんな清々しい朝に改めて蒸し返すのは、なんだか照れくさい。28歳にもなって何言ってんだって感じかもしれないけど。



「雪城、昨日のことは……突然、すまなかった」



私が尻込みしているうちに、課長の方から先に謝られてしまった。

心からの言葉だとわかる悲痛な表情をする日生課長を見て、私は慌てて上半身を起こす。



「あ、あのそれは、お互いさまっていうか……っえーっと、大丈夫です。別に私誤解とかしてないですし、あの、このことを誰かにバラしたりセクハラで訴えるとかもまったくするつもりありませんから! というか、私の方こそナイスバディでもない身体でたいへん失礼しました!」



何か変なことを言っただろうか。アセアセと紡いだ私の言葉に、課長はますます微妙な表情をした。

そして私から視線をずらしたかと思うと、小さくため息を吐く。
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