しらゆき姫の心臓食べた、
私の中で、キスマークというのは独占欲や征服欲の現れという認識だった。

でも、これは? 一夜の過ちの相手である私の胸に課長がこの痕を残した、真意は?


胸のキスマークに触れながら、彼の返答を待つ。

くしゃりと前髪を掴んでバツが悪そうに視線を落とす課長の様子は、職場での堂々たる立ち振る舞いとギャップがあって、それだけで鼓動が速まった。



「……勝手にそんなものを残して、悪い。でもそれは、誓って軽い戯れのつもりでつけたわけではなくて」



決意したようにふっと息を吐いたのち放たれた言葉が、耳をくすぐる。

開き直ったらしい課長は顔を上げ、まっすぐに私を見つめてきた。



「ゆうべはつい、勢いのまま連れ込んでがっついてしまったが」

「………」

「ほんとはずっと、きみの……こころが、欲しくて。だからわざとそこに、痕をつけた。馬鹿みたいだと笑うか?」



自嘲的な笑みを浮かべながら、そんなことを課長が言う。

私はといえば思いがけない彼の言葉に心臓を撃ち抜かれ、かーっと顔を赤くしていた。


まさか日生課長に、こんなふうに思ってもらえていたなんて。

『馬鹿だ』なんて、思うはずがなかった。素直に、うれしかった。

どうしよう、昨日までは、ただの上司と部下だったはずなのに。たった3週間前まで、私には別の恋人がいたのに。



「雪城?」



赤くなって硬直する私を不審に思ったのか、課長が呼びかけてくる。

さっきまで以上に羞恥心がこみ上げてしまった私は、掛け布団を手繰り寄せてできる限り自分の身体を隠した。


苗字、じゃなくて……ゆうべのように『瑞妃』と、名前で呼んで欲しい。

今自然とそう考えてしまっているのが、彼の告白に対する答えのような気がした。



「日生課長……じゃなくて、春壱さん」



私が名前を呼ぶと、驚いたように目をまるくした。そんな表情も珍しくて、自然と笑みが浮かぶ。



「会社以外では、できれば、名前で呼んで欲しいです。……それから私、朝ごはんはパンとコーヒーがいいかな」



どうやら私の心臓は、目の前にいるこのひとに食べられてしまったらしい。

少し、順番は違ってしまったけれど。とりあえず今は、向かい合って一緒に食事をするところから始めよう。










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