あなたが愛をくれたから
03 過去と本当の気持ち

「何で…俺の名前…」

驚いたまま固まるかつての同級生。

「優史君が教えてくれた。 北条真誠君でしょ? 小学校の時に一緒だった…
 私の事覚えてるよね?」

「しらねぇよ。お前なんか…」

そう言って、背中を向ける彼。

「嘘つき!」

身体を起こして彼をまっすぐ見つめる。
瞳に映る龍は怖いけれど、勇気を出して彼に歩み寄ろうとする。

「私が風俗で借金の返済しなくても済むように上の人に頼んでくれたんでしょ?」

「優史の奴、余計な事…!」

真実を告げると忌々しそうに舌打ちをするかつての同級生。

「違う!彼は悪くない。あなたが私の事を心配してくれてたって教えてくれたの…」

「何言ってんだ?俺はお前の事、無理矢理犯してた男だぞ」

「…知ってるよ。寝てる私の名前を呼んで優しく抱きしめてくれてた事…」

その言葉に驚いて振り返る彼。

「それに、借金も肩代わりしてくれたって…本当は風俗に売られる所だったって事も聞いた。だから…」

許そうと思った。
酷い事をされたけれど、それ以上に私は守られていたから。

「…俺は確かにお前と同級生だった北条真誠だ。けれど、俺はもうあの頃と違う」

眉を悲しそうに下げて、目線をそらす様に顔を背ける。
ベッドから降りて、自らそんな彼に腕を伸ばす。
震えるその手に両手を添えてそっと包み込んだ。


「ねぇ、真誠君、私が転校した後に何があったの?」

そう、私は小学校の途中で父の仕事の都合で別の県に引っ越してしまったのだ。
初めのうちは真誠君と文通をしてたけれど、新しい暮らしに慣れるのと引き換えに段々と疎遠になっていった。

「何もないよ…」

「そんなはずないよ。だってあんなに優しくてまっすぐだったあなたがこんな風になるなんて…」

「本当に何もないって。ただ、中学の時に事故で俺以外の家族が全部死んじまっただけだ。そんでそのあと荒れに荒れまくって、そのままこの世界に入っただけだよ」

遠くを見つめて彼はそう呟く。
その表情には大切なものを失った後の空白の長い時間を潰してきたという虚しさが滲んでいた。

何も知らなくて助けてあげられなかった自分の無力さを呪う。

「な、わかっただろ?俺はもうお前の知る”しんせいくん”じゃないんだ。あの頃しか知らないお前にだけは今の俺を知られたくなかったよ」

ベッドの淵に腰をかけて俯くその人に、恐怖はもう感じなかった。

「びっくりした。でもね…ありがとう。私を助けてくれて…」

心からの私の気持ちだった。
一人で一千万円単位の借金を背負う事なんて出来なかったから。
もし、家に来たのが彼じゃなかったらと思うとぞっとする。

「俺みたいな最低な奴に礼なんか言うな…」

苦虫を噛み砕いた様な顔をする真誠君。

「どうして…?」

その問いかけに彼は答えようとしない。
部屋は水を打ったような沈黙に包まれた。

「俺…人を撃ってきた…」

しばらくして、静かな部屋に衝撃的な言葉が響く。
微かに感じた血の匂いはこれだったんだ。
お風呂に入ったのも、私に顔を合わせる前に痕跡を無くそうとしていたんだ。

「敵対してる組の奴とモメて…銃で撃った。俺達の生きている世界では当たり前の事で…やらなきゃ俺が殺られちまうって分かってる…でも…」

大粒の涙を流して秘めた思いを吐き出す彼。

「真誠君…」

かける言葉が何も見つからなくて、ただ君の名を呼ぶ事しかできない。

「本当はそんな事したくない…!本当は誰も傷つけたくなんかない…!」

目を伏せて震える君はあの遠い日の夕暮れの帰り道と変わらなくて、私は思わず抱き締めた。

あまりに変わってしまったと思っていた。
けれど、本当はあの頃と変わってなかったんだね。
必死に大切なものを捨てないようにずっと独りで戦っていたんだ。


「私ね…あの頃、真誠君が大好きだった。きっとこの人のお嫁さんになるんだろうなぁなんて思ってたの」

「本当に…?」

ベッドで彼の腕の中に納まる。
上目使いに見つめると、優しく目尻を下げて穏やかに私に話かけてくれた。
これが、本当の彼の姿。
私が好きだった頃の真誠君。

「うん。初恋だったから私の…」

「俺もお前が初恋だったな。どんな女と付き合っても、ピンと来るやつなんていなかった。借金の取り立てに行った家でお前を見る瞬間までは」

髪の毛を撫でる指は優しく、先日までの力づくの行為とは全く違う。

「本当にびっくりしたよ。いつもみたいに若い女は風俗に売り飛ばして稼がせるつもりだったんだ。お前だとわかるまでは…」

困った顔をする彼に、言葉の代わりに頬をそっと撫でる。

「マジでごめんな…あんなひどい事して…」

その手をそっと取り、口許に寄せて優しくキスを落す愛しい人。

「これからはずっと俺の隣にいて…」

真誠君は私を強く抱きしめた。

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