あなたが愛をくれたから
04 幸福と別れ


▼ 04

「あっ…いいよぉ…」

「っ…俺も」

あの日以来、真誠君との関係は一変した。
肌を重ねる時も、私を優しく抱いてくれる。
愛してくれているんだと、彼の気持ちが熱と共に肌から伝わってくる。 そして、私を呼びながら何度も落される口づけに蕩けてしまう。

「真誠君…あぁっ…」

激しくけれど柔らかく腰の中を突き上げられて迎える絶頂。すると、彼も私を抱き締めて一番奥で熱を放った。

「おやすみなさい」

「おやすみ…」

互いの顔を見つめ合う私達。
行為の後に、決まって指を絡めて抱きあったまま眠る日々は幸せそのものだった。


「ねぇ、どうしていつも黒いスーツなの?」

「…黒は全部を隠してくれるからかな。何もかもわからないようにしてくれるから」

仕事のために、スーツへと着替える彼の龍の刺青をベットからぼんやりと眺めながら問いかけると、振り返った彼はなんだか寂しそうに笑っていた。
仕事は相変わらず辛いみたいだけど、私の前ではあの昔と変わらない君でいてくれるのが嬉しい。

そして、部屋にいるだけでなく、屋敷の中を少しだけ歩き回る事が出来る様になってわかった事があった。

彼は若手の中でも有望な組員でそれなりの地位にいて、優史君を始めとする部下からも慕われているということ。
そんな彼らとも少しずつ話をするようになり、打ち解け始める。

ここが裏社会の一角であることを忘れる様な穏やかな日々を送っていた。


「じゃあ、行ってくる」

「うん。気をつけてね」

スーツを着て出かける彼を見送る。
キスをして、貴方がそのあと嬉しそうに私の頭を撫でて部屋を後にするいつもと全く同じの光景。

ずっとこんな生活が続くと思っていた。


バンッ!バンッ!――――――

夜更けに響く銃声。
その余りに大きな音に背中に戦慄が走る。
下の階で皆が慌ただしく走る足音や罵声、車のエンジン音など様々な音が交錯し大きな渦となっている。

嫌な予感がした。

「すぐに来て!真誠が…!」

部屋に飛び込んできたのは彼と一緒に仕事に行っているはずのスーツ姿の優史君。その表情は真っ青で汗を浮かべていて、それだけでなにがあったのかを窺い知る事が出来る。
彼に腕を引かれるまま玄関へと向かった。

そこで目の当たりにしたのは、石畳で血を流して横たわってる大切な人。

「優史君…何これ…」

目の前に広がる光景が信じられずに彼に問いかける。

「さっき、仕事から帰ってきたとこをこの間モメてた組の奴にいきなり襲撃されたんだ」

優史君が震える声でそう溢した。

「真誠は撃たれて…それでも相手を全滅させて…だけど…」

拳を強く握り顔を伏せる彼。
頬には一筋の光が流れる。

「…杏樹」

そんな中、深手を負った彼が私の名前を呼んだ。

「真誠君…」

彼の傍へと駆け寄る。
肩で息をしながら私を見つめて微笑みかけるけれど、その背後に痛みと苦しみを隠しているのは滲んでる汗の量から容易に想像がついた。
真誠君の黒いスーツに触れると血がべっとりと纏わり付く。
彼が黒いスーツを好んで来ていたのは、それがバレないようにするためだと気づいてしまった。
出血の量がひどく、石畳には血の海がどんどんと広がっていく。

「少しの間だったけれどお前と一緒にいられてよかった…」

「やだ、そんな事言わないで…」

思わぬ形での再会だった私達。
初めは最悪で恐怖しかなかったけれど、乗り越えて、これから、君と2人で会えなかった時間を埋める事が出来ると思っていたのに…

「俺…ほんと幸せだったよ?家族が死んでからずっと一人だったけど…杏樹にまた会えてからは変わったんだ」

小さな声で言葉を少しずつ繋げる真誠君。

「夫婦になることはできなかったけど、それでも…」

私の手を握る彼の力が段々と弱くなる。
持っていかれないようにと、自分の手に力を込めた。

「お願い…置いてかないで…真誠君がいなくなったら私一人になっちゃうよ…」

「ほんとに…ごめんな…お前が死ぬまで一生守ってやりたかった」

悲しそうに歯茎を見せる彼。

「これだけは忘れないでほしい。お前の事、愛してる…」

「私も愛してるから…!がんばって…お願いだから…」

「ごめん…ごめんな…」

何度も謝罪を繰り返す愛しい人の声が段々と小さくなる。
そして、彼の瞳に映る私の顔が段々と見えなくなる。
まるで眠りに沈む様に目を閉じた彼の顔には苦しみはなく、安らかな表情をしていた事が唯一の救いだろう。

彼は私を救ってくれたのに、そんな大切な人のために私は何も出来なかった。
無力さに泣き崩れる。

「真誠君…!真誠君…!」

声を上げて泣いた。
まるで小さな子供みたいに。
彼の名前を何度も何度も呼びながら。

けれど…


愛している彼の腕はもう二度と私を抱きしめる事はなかった。


ー終ー

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