囚愛
〔ね、ねえっ、シイナっ…どこ行くのっ?〕
前を歩く、彼の背中に問うも、聞こえてないのか足を止めない。
そればかりか、どんどん速くなる歩み。
ついていけなくなって、足がもつれる。
そんな、私の様子にシイナは小さく舌打ちをした。
(怖い───)
初めて彼に抱いた感情だった。
シイナは、今は使われていない部屋のドアを開けた。
何かの倉庫だったのか、色々な小道具などが置いてあった。
シイナに腕を引かれ、入ったと思えば、固い床に投げ出される。
膝を強く打ち、足を押さえて痛みに顔を歪ませた。
〔シイナ、どうしたの…?〕
そう聞いても、冷たく見下ろすシイナの瞳。
カチャリ、とドアの鍵が閉められた。
その音に、恐怖を感じた。
(なんで閉めるの?)
(なんで怒ってるの?)
頭の中が、グチャグチャして気持ち悪い。
シイナは、腰を抜かす私の前にしゃがみ込むと、片手で私の顎を持ち上げた。
〔ねえ、お前は誰が好きなのか分かってんの?〕
そん、なの…。
シイナしかいない。
“お前”と呼ばれたのは、初めてで。
混乱している中で、私は何も口に出せなかった。
そんな、私に苛立ったのか、シイナがため息をつく。
〔お前は俺のことが好きなんじゃないの?〕
シイナは、自分のことを普段は“僕”と呼ぶ。
“俺”という言葉は、怒っている時に使う言葉だ。
〔ごめんっ…〕
ようやく口から出てきたのは、謝罪の言葉だった。
シイナは、舌打ちをした後、鋭く私を睨む。
綺麗な顔が、歪む。
〔だから───〕
〔──きゃあっ!〕
シイナが、私を強く押し倒す。
冷たい床に、体を打ち、痛みが伝わる。
こんな、シイナは初めてみた。
得体の知れない恐怖に、体が悲鳴をあげるように震えた。
〔俺の質問に答えてよ〕
〔シイ──んっ…〕
彼の名前を呼ぼうとするも、その言葉は彼の口の中。
乱暴な、口付けに息が苦しくなる。
顔を背けようとするも、彼の手が私の顎を捉える。
自分のものではないザラザラした舌が、口内で絡まる。
(嫌だ、こんなキス嫌だ────)
唇が、離され低酸素状態で、目の前が眩む。
呼吸が荒くなる中、視界に映るのは上着を脱ぎ出す彼の姿。
その姿に、恐怖を覚え、後ずさりする。
彼は私の足を、こじ開ける。
抵抗しようと、彼の胸を強く押すが、びくともしない。
それどころか、片手で、両腕を拘束される。
〔やだっ、嫌だっ、やめてっっ〕
〔────は?〕
────パンッ。
乾いた音が響いた。
頬が鋭く痛んだ。
初めて、彼が私の頬を叩いたのだ。
〔っ、痛いっ…〕
恐怖と痛みに、生理的な涙が溢れ出た。
シイナは、私の顔を片手で掴んだ。
〔何で俺を拒むわけ?〕
〔ごめんっ……なさいっっ〕
〔聞いてんだけど。〕
ただ謝ることしかできなくて、彼は呆れたのか私の顔を掴む手を離した。
片手でブラウスのシャツを外していくシイナに、涙が溢れた。
(お願い、やめて───)
────彼は、高揚に満ちた表情で笑っていた。
行為の最中は、ひたすらに痛くて苦しくて。
ずっと、謝ることしかできなくて。
涙と汗にまみれた私の顔を、シイナはただ見つめていた。
どんなに叫んでも、シイナは止めなくて。
そればかりか、私を求めるように激しく突いてきて。
そんな彼が、とても怖いと思った。
〔シイナっ、痛いよぉっ……やだやだっ、やめてっ〕
〔はっ……レノア、気持ち…イイ?〕
〔やだぁっ……〕
初めて狂気的な笑みを浮かべた、あの時の彼の顔を今でも忘れられない。
痛みに、耐えながらも、
私はそのまま意識を手放した───