声が聞きたい
出会い

第二話 出会い

「ひーなみっ!おはよ!」

背後からぽんっ、と肩を叩かれ振り向くと、笑顔でこちらにひらひらと手を振る女の子がいた

“お は よ う”

生まれつき耳が聞こえない私は口の動きだけで彼女に挨拶をする

嬉しそうにまた笑う彼女は谷口蘭(たにぐち らん)。
同じクラスの一年生で、小学校からの幼馴染み

耳の聞こえない私の、唯一の伝達役を一手に引き受けてくれていた


…過去に一度だけ、蘭ちゃんに言ったことがある

“わたしばかりに相手してると、蘭ちゃん他の子と仲良く出来ない
だから、気にしなくて大丈夫だよ”

確かそんな事を小さなメモに書いて彼女に渡した

…本当は、離れて欲しくない。

ずっとずっと、そばにいて欲しい。

だけど、自分一人でこの子を縛っちゃいけない

幼いながらに、申し訳なさを感じていた私

するとそれを見た彼女はそれまでニコニコしていた表情を一変させ、ものすごい剣幕で私の肩を掴んだ

「私は陽美のそばに居たいからいるの!
無理なんかしてない!

…確かに、陽美は私がいないと他の子とお喋りしたり出来ないかもしれない
だけど、それは私だって同じだよ」

涙ぐみながら、彼女は続ける

「私ね、陽美と出会うまでは…ずっと一人ぼっちだったの
気が強くて、男の子なんてすぐ負かしちゃうから友達なんて出来なくて。

…そんな私を変えてくれた大事な陽美を、今度は私が支えるの!」

まだ幼い小学四年生の夏休み。
私達は教室で二人、その言葉に泣きじゃくったっけ…

それから今でも、私たちはかけがえのない存在で。

お互いにたくさんの友達が出来て、充実した毎日を送っていた

「よーしみんな、席につけ〜」

担任の河本(こうもと)先生が入ってくると、みんな一斉に席へと着いた

「今日はみんなに頼みがあってな。
俺は図書委員担当なんだが…今日は俺も図書の先生も、会議でいないんだ

そこで、誰かに今日の放課後、会議が終わるまで図書室で代わりをしてほしいんだ」

河本の言葉を聞くなり、みんなだるそうに口ずさむ

「え〜…だるくね?」

「っていうか、図書委員はどうしたの?」

「先生〜!図書委員は〜?」

「それなんだが…図書委員の有本は今日、風邪で欠席しているだろう」

その後さらにヒートアップする教室内

「…ほんっと、みんな自分のことばっかだよねぇ」

隣の席に座る蘭がため息をついた

“わたし、行ったほうがいい?”

陽美は急いで書いたメモを蘭に渡す

「ちょ、いいって!
何で陽美がしなきゃいけないのさ。

こういうのはー…!うーん…」

隣で蘭が渋っている間、耐えきれず陽美は手を挙げた

「…お、逢坂やってくれるか?」

河本が陽美の挙手に気づいて嬉しそうな顔をする

「逢坂さんさすが〜」

「頭いい人はやっぱ違うね〜」

学年でもトップクラスの成績を誇る陽美

彼らはきっと、彼女がしてくれるだろうと思っていたのだろう

待ってましたと言わんばかりに陽美を一斉にはやし立てる

「…こいつら…!」

横で口笛を吹いたり叫ぶ男子を端から端まで睨む蘭だったが…

自分も手を挙げなかった一人だと気づき、それ以上は何も言わなかった

「それじゃあ逢坂。
鍵を渡しておくから今日の放課後、よろしくな」

うんうん、と陽美が頷いたのをみて、ホームルームは終わった


放課後になり、陽美は荷物をまとめて教室を出ようとする

「…陽美、ごめんね」

申し訳なさそうに俯く蘭

「私…今日生徒会の会議があって一緒に行けなくて。
本当なら陽美を優先すべきなのに…ほんと、ごめん!」

謝らないでと慌てててをふる陽美

“わたしは大丈夫。
蘭ちゃんも生徒会、頑張ってね!”

ふぁいとのポーズをとると蘭は少しだけ、笑顔になった

「ほんっと…河本には今度何か奢ってもらわなくちゃね!
あーあ〜入学式の日にやらかさなかったら良かったなぁ」

頭の後ろで手を組む蘭が言うのは入学式の日。

校内で二人して迷子になり、色々と歩き回るうちに図書室へと着いて。
疲れた蘭がどさっと腰掛けた椅子の後ろに大量の本が積まれていて…

言うまでもなく、その後の片付けを約二時間ほどさせられた

その上、河本が向いてそうというまあ単純な理由で蘭を生徒会へと推薦し、現在は書記をやっているらしい

「それじゃあ陽美、頑張ってね!
あたしの方が先に終わったら迎えにいくから待ってて!」

そう言って、駆け足で蘭は教室を後にした


えっと…確かこの本はこの辺りだったはず…

返却された本を一つずつ、棚に戻していた陽美

「…!」

その中に、陽美がずっと探していた本を見つけた

これ、シリーズの最新刊だ!
入手困難でなかなか手に入らなかったのに…

夢中になって本を読み進める陽美

その横に、誰か立っていたとも知らずに…


「これ、そこに置きたいんだけど」


突然視界に映ったのは、見たこともない男の子だった

本の世界に浸っていた陽美は一気に現実へと引き戻される

…なに、この人…なんで少し怒ってるの…?

状況が把握出来ないまま彼から視線を逸らすと、彼が持っていた本が映る

この人、この本返しに来たんだ…

ん?待てよ?

ってことは……

「!!」

自分が邪魔になっていたことに気づき、彼を押しのけ慌てて図書室を飛び出した

ごめんなさい、ごめんなさい…!

慌ててよく見えなかったけどネクタイの色からするに…多分先輩

どうしよう…やっちゃった…!

怒られるかなぁ…と延々不安がりながら走り続けた私はとうとう息が切れ、走るペースを緩めた

ここは…

陽美は、屋上へと上がる階段の踊り場にいた

…どうせなら、いっそ屋上まで行こうかな

先生との約束の時間はとっくにきてたし、図書室にはさっきの男の子もいるはずだし…
少しくらいなら、大丈夫だよね

重たい屋上のドアを開けると、空は夕日で染まっていた

さあぁっ…と彼女の頬をかすめる風が心地良い

綺麗…

空の色が暗みがかる頃、後ろの重たいドアが開く振動を感じる

「…!」

現れたのは、さっきの男の子だった

ど、どうしよう…
怒って私を追ってきたんじゃ…!

悪い予感ばかりが頭を過ぎ、陽美はパニック寸前だった

それを見なかったことにした陽美は再び前に向き直りグラウンドに目を落とす

ーが、

おもむろに後ろから肩を掴まれ、彼の顔が近くなる

「…っ!!」

殴られる…?!

思わず身構えた陽美だったが、現実は違った

「…っ、その…さっきは悪かった
あんたが耳聞こえないなんて知らなくて強く言っちゃって…」

まさかの謝罪。

予想外の展開に、ぽかんとする陽美

「…その、本、好きなんだろ?
俺も本、好きなんだ。…ええと…」

怒られなかったことに安堵しつつ、彼が何を言おうとしているのか…さっぱり分からない

「その…俺で良かったら、友達になりませんか」

突然の、言葉だった


…陽美の中での男の子のイメージは。

乱暴で短気で騒がしくて…
あまり、いいイメージを持っていなかった

それがどうだろう

目の前にいるこの男の子は、そのどれにも当てはまらない

あまり女の子と接する機会が無いのか、かなり緊張しているようにも見える

しかし何より…

蘭以外の人にそんな事を言われたのが初めてで、嬉しくて。

陽美の世界が少し、広がった気がした


ー帰り道、

彼の事を彼は少しずつ、話してくれた

名前は茅ヶ崎麻陽

学年は一つ上の二年生

部活はバスケ部所属の副キャプテン

朝が弱いから朝練はなかなか行けてないらしい

照れながら話す彼に、興味を持った

「それじゃあ、俺はこれで」

私が乗るバスのバス停まで送り届けてくれた麻陽くんは元来た道を帰る

方向、逆だったんだ…

優しい人だなぁ

嬉しさに顔を滲ませているとバスがタイミング良く来たので乗り込む

バスに揺られながら、先ほど交換した連絡先を見つめ、また嬉しくなった

…こういうのって、私から連絡した方がいいのかな

画面とにらめっこしながら悩んでいると、彼の方からメッセージが届く

“今日はありがとう。

最初、驚かせちゃってほんとにごめん

迷惑でなければまた図書室で話そう”

淡々としたメッセージだったけれど、陽美にとってはとても嬉しいものだった

麻陽くん、か…

一つ上だから校内であまり見かけることは無いだろうけど…

図書室に行けば、また会えるかな

その後、図書委員の子が運が良いのか悪いのか体調不良で入院する事になり、陽美が代わりに図書委員を引き受けた

それから度々図書室で会うようになった二人

お互いが気づかないまま、次第に惹かれていった…
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