アフタースクールラヴストーリー
「ところで久田先生は、この学校の非常口の場所は把握できているのかしら?」
「はい? 非常口ですか?」
唐突に話題が変えられる。
本格的にこの人が何が言いたいのか分からなくなってきた。
「一応、把握はできていますけど……」
「ならここから一番近い非常口はどこでしたっけ?」
「一番近いところは確か、この会議室を出てすぐのところですよね」
話の先が全く見えず、僕は段々と腹が立ってくる。
「へえ、そんなところにあったとはね。私知らなかったわ」
誰もがすぐに分かるほどのわざとらしさで言う山川先生。
「それが何か?」
僕は苛立ちを隠しきれなくなり、つい強い物言いになってしまう。
でもこんなふうに話されたら、誰だって馬鹿にされていると感じて当然だ。
「あれ? 私ここに何しに来たのかしら?」
「は?」
今度は何を言い出すのかと思えば……。
頓珍漢なことを言うのにも限度がある。
「年を取ってくると物忘れが酷くなるのよ」
僕は、胸の中で膨らんでいく怒りを何とか抑えようと息を荒げる。
だが次の一言で、僕の溜飲は一気に下がるのだった。
「これじゃ、会議室から先生が一人いなくなっても、すぐ忘れてしまうわね」
「え? それはどういう……?」
「授業も中盤だし、熱が入ってきた頃かしらね。職員室前の廊下も人通りは少ないと思うわ。校長先生もお取り込み中のようだし」
「それって……」
「人は追い詰められた時、大好きな人を求めるもの。副崎さんもきっと同じよね」
一度もこちらを見ずに話す山川先生。
それが何を意味するのか、僕に分からない筈がなかった。
「あ、ありがとうございます」
真っ暗な暗闇に、一粒の灯がともった気がした。
僕の声に瞬く間に活気が戻る。
「それと私、耳も遠くなってきたから、こっそり抜けられると余計に気づかないかも」
「は、はい」
僕は物音を立てないように席を離れ、職員室の反対側にあるドアを開ける。
山川先生と話した通り、会議室のすぐ目の前には非常口がある。
僕は人が来ないのを確かめながら、非常口の扉を開けて外に出た。
空に浮かぶ太陽が、僅かに輝きを強めた。