アフタースクールラヴストーリー
翌朝、私はいつもより早く家を出る。
そして通学路の坂を登ったところで、先生を待つことにした。
昨日ちひろに言われたことを実践するためには、まずあの日のお礼をきちんとした形でしなければならない。
学校に行く前にそれを済ませ、私は新たな気持ちで久田先生と向き合いたかった。
ひょっとしたら先に行っているかもしれないという不安もあったが、待ち始めて五分後くらいに先生は自転車を漕いで坂を登ってきた。
「あ、久田先生」
「お、おう副崎か。おはよう」
元気に声をかける私に戸惑った様子を見せながらも、久田先生は挨拶を返す。
「おはようございます。あの、今日は先生に言いたいことがあって……」
躊躇いの気持ちが出る前に、早速本題に入る。
「え……、何かな?」
「一昨日は助けていただいて、ありがとうございました」
先生にはっきりと伝わるように、大きな声で私は言う。
周りにいた何人かの人達がこちらに注目したが、私は気にならなかった。
「え、えっと、一昨日って、あの階段での出来事かな?」
「はい。あの時私、何が起こったのかよく分かってなくて、気持ちの整理もできないままで……。それに、その後もおかしな態度をとって心配させてしまったし。だからこうして、しっかりとお礼を言いたかったんです」
「なんだ、そういうことか」
久田先生は安心した様子で、綿毛のように柔らかく微笑む。
「心配だったんだよ、僕が何か嫌がることしたんじゃないかってね」
「いやいや、先生は助けてくれただけですし、そんな風に思わせていたなら本当に申し訳ないです」
「気にしないで。僕が勝手に思っていただけだから」
「でも……」
私のせいでそこまで考えさせていたなんて……、申し訳ない気持ちで一杯だ。
「フッ……、ハハハッ…」
突然、久田先生が笑い出した。
「ど、どうしたんですか?」
「なんか、結局何でもないことなのに、僕らこんなに考えていたんだって思うと、バカバカしくなってきちゃって」
お腹を押さえて笑う久田先生。
それに釣られ、私もつい笑みが零れる。
「フフッ、その通りですよ。私達、難しく考えすぎ」
私の心に掛かっていた靄が、清々しく晴れていくような気がした。
「先生」
「ん?」
「私、先生が次の生徒会の顧問で良かったです」
「え、ああ……。ありがとう」
いきなりどうしたんだといった顔で、先生は私を見つめる。
「
だって、私達の言うこと何でも聞いてくれそうですし」
「おいっ!」
久田先生から切れのいいツッコミが入る。
やっぱり、この人とはこんな感じが一番良い。
これが恋愛かどうかはまだ分からないけれど、それはおそらく、これから接していけば分かるだろう。
だから今は、久田先生とのこうした時間を大切にしたい。
「先生、早く行かなくていいんですか? 今日の授業の準備をしないと」
「あ、そうだった。というか、君が足止めしたんだろ」
「さあ、そうでしたっけ」
「ったくもう、相変わらずだな」
先生は参ったという顔をしながら、自転車に跨る。
「じゃあ先に行くから。また後で」
「はい」
離れていく先生の姿を、私はあどけなさ一杯に白い歯を溢して見つめていた。
普段は聞こえてこないはずの波の音が、今日はここまで届いている。