純な、恋。そして、愛でした。
移りゆく景色にぼうっとしてしまい、アナウンスで降りるべき駅に到着していたことに気がついて、慌てて席を立った。もうすこし気づくのが遅れたら、危うく乗り過ごすところだった。
再び炎天下の中を歩く。日焼け止めは塗ったけれど、焼けたくないのですごく心配だ。
彼氏の家は駅からおりてすぐのオンボロのアパートの二階にある。車が入って来れないような細い道を行くとあって、もう何回も訪れたことのある場所だ。
錆びついた階段を上がり、人差し指でピンポンを鳴らす。押したぶんの長さだけ、垢抜けない音が鳴った。
「おう、志乃、早かったな」
奥から顔を出した彼氏の姿に、いつもはそんなことないのにドキドキしてしまう。
重ねてこれから言わなきゃいけないことがあるから、身が固まっているようだ。
「ほら、入って」
「うん……」
背の高い彼がドアを開けたままにしてくれている。そのいつもの優しさに、何でもないような顔で中に入る。
ワンルームの狭い部屋。綺麗ではないけれど汚くもない、一般的な一人暮らしの男の部屋だろう。白黒で統一された家具は聞いたことないけれど、彼のこだわりなんだろうか。別に興味はないけれど。
「暑かったろ、なんか飲む?」
「うん、オレンジジュースある?」
「あるある」
冷蔵庫を開けながら問いかける彼氏に、いつものようにソファに腰を降ろして答えた。
エアコンが効いていて、とても涼む。滲んだ汗が乾いていく感覚がする。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
コップに注がれたオレンジジュースを受け取ると、ひとくち口に含んだ。外は暑かったし、これから話さないといけない内容に心がどこかにもっていかれていて、口の中は乾ききっていたから生き返るようだ。
でもこう、扉を開けたままにしてくれることとか、気を遣ってなんでもないように私にジュースを差し出すところとか、さすが大人だなって思う。
彼氏の写メを友達に見せても必ず「かっこいい」や「羨ましい」と言われるから、きっと彼はイケメンの部類なのだろう。まあ私もそう思うから付き合っているのだが。
おもむろに彼が私のとなりに腰を降ろすと、ふかふかのソファがずしりと沈んだ。それだけで男を感じる。
自然に私が持つコップを奪うと、テーブルに置いた。そして肩を抱かれる。あ、これはやばい。
「志乃、こっち向いてよ」
「ちょっと、待って……っ」
甘い声で囁いて、近づいてくる彼の顔に、胸を押して距離をつくる。
今日は流されたらダメだ。
話さなきゃいけない、大事な要件があるんだから。
「ダメなの?」